ハリネズミとハムスター
ある森のはずれの木の家に、小さなハリネズミが住んでいました。
朝日が顔を出して、森にあたたかい光が差すころ、ハリネズミは森の誰よりも早くに目覚めます。ハリネズミはうぅんと背伸びをすると、藁を編んで作ったバックを持ち、家の裏手にある小さな池に急いで向かいました。
ハリネズミは池に映った自分の姿をじっくりと眺めると、小さな笑みを浮かべます。しばらくしてから、ハリネズミはバッグの中から一つの瓶を取り出しました。この瓶に入っているのは、何種類もの花の蜜を混ぜ合わせて作った、ハリネズミ特製のワックスです。ハリネズミは笑顔のままワックスを手に取ると、背中に生えるハリの一つ一つに、優しく丁寧にワックスを塗っていきました。
「よし! 今日もばっちりだぞ。」
きれいに整えられたハリが、日の光を受けて輝いているのを見ると、ハリネズミはそう一言呟くのでした。
太陽が高く昇り、森のみんなが活発に活動し始めるころ、ハリネズミは散歩にでかけました。しばらく歩くと、さらさらと流れる小川が見えてきました。ハリネズミはその小川のほとりで、親友のハムスターを見つけました。
「やぁ、ハムスターくん。もしかして君も散歩?」
「そうだよ、ハリネズミ君。今日はいい天気だから、散歩にピッタリだと思ってね。」
「そうだね。今日は絶好のお散歩日和だ! せっかく会ったわけだし、一緒に歩かない?」
「そう...だね……」
ハリネズミとハムスターは一緒に散歩することにしました。
ハリネズミとハムスターはたわいもない話をしながら、二人で森の中心を目指します。
「ハムスターくん、君は雨の日と晴れの日、どっちが好きだい?」
「僕は、えーっと、うーん…ハリネズミ君はどっちが好き。」
「僕は断然晴れの日が好きだね。暖かいし、外でのびのび遊べるだろう?」
「そうだね! 確かに僕も晴れの日が好きかな。」
「ハムスターくん、やっぱり君とは気が合うよ!」
嬉しさのあまり、ハリネズミは体を揺らして飛び跳ねました。
ハリネズミの体が動くたび、ハリネズミのハリがハムスターに刺さるのでした。ぶすり、ぶすりと何度も、何度も刺さるのでした。ハムスターは笑顔でした。
二人が歩いた距離が長くなるにつれて、二人の距離は開いていきました。
「ハムスターくん、なんだか距離が遠くない? ……もしかして、ワックスの匂いが気に入らないのかい? この前調合を変えたんだけど……」
「いや、ワックスの匂いは嫌じゃないよ! むしろ好きなくらい。ごめんね、距離が遠かったよね。」
ハムスターはハリネズミとの距離を詰めました。ハムスターの体にまた、ハリが刺さります。ぶすり、ぶすりと、何度も何度も。
「ハムスターくん、その背中のキズはどうしたんだい?」
「ああ、これのことかい? この前木の根っこでつまづいちゃって、それでケガしただけさ。気にしないで。」
その日の夜のことでした。散歩を続けていたハムスターとハリネズミは、やがて森の生き物たちが集う広場にやってきました。森の広場の生き物たちは、二人が歩いてくるのを見て、顔を見合わせました。
「噂をすればってところかな。」
広場のテーブルで寝転がっているヘビがそう呟きました。
「噂って、僕たちのことを話していたのかい?」
「ああ、そうだとも。ハリネズミ。」
ヘビはそう言うと、視線をハムスターの方へ向けました。
「いつまで我慢しているんだ。ハムスター。お前のトゲが刺さって痛いんだって、言ってやればいいのさ。そのお前のご自慢のトゲが。」
ヘビは淡々と言いました。ハムスターはしばらく黙ったままでした。その間、森の生き物たちの注目は一気にハムスターに集まりました。
「ハムスターくん、本当はそう思っていたのかい。」
ハリネズミの問いかけからしばらくして、ハムスターが口を開きました。
「うん……ずっと痛かった。」
ハムスターの発言に森は湧き立ちました。
「ハリネズミ、お前は最低な奴だな。本当に親友なら、もっと相手のことを考えるべきだ。」
「もっと早く、もっと早く言ってくれればよかったのに。」
そう力なく呟いて、ハリネズミは一人家へ帰りました。
次の日、ハムスターがハリネズミの家を訪ねました。
「ハリネズミくん、居るかい? 昨日はゴメン。」
ハムスターが戸を叩いてそう呼びかけると、ハリネズミが出てきました。
「ハ、ハリネズミくん、背中のトゲはどうしたんだい?」
ハムスターはとても驚きました。
「もちろん全部そぎ落としたさ。裏庭にあるにぶつけてね。」
ハムスターは一瞬言葉を失いました。
「昨日のは僕が悪かった。痛かったのも、言わなきゃ伝わらないもんね。僕が……」
「いいや違う。僕がすべて悪い。森のみんなも、一人残らずそう思ってるさ。」
ハムスターは完全に言葉を失いました。
「僕のトゲはみんなを傷つける。親友の君でさえ。いや、親友なんて僕の思い込みか。」
「待って、ハリネズミくん!」
「頼むからもう帰ってくれ!」
ハリネズミは勢いよく玄関を閉めました。
ある森のはずれの木の家に、小さなハリネズミが住んでいました。
満月が雲に隠れ、森に不気味な光が差すころ、ハリネズミは森の誰にも見られないようにひっそりと目覚めます。ハリネズミは頼りなく背中をまるめたまま、家の裏手にある小さな池にふらふら向かいました。藁のバッグは持っていく必要がなさそうです。
ハリネズミは池に映った自分の姿をじっくりと眺めると、小さな笑みを浮かべます。しばらくしてから、ハリネズミはバッグの中から一つの瓶を取り出そうとしました。そこに瓶なんてあるわけないのに。ハリネズミは笑顔のまま手を戻し、不規則にごつごつしている背中を撫でました。
はぁ、と一つため息をこぼし、そのまま池に飛び込みました。