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「おい、どうした!?」


 利家は無言で藤吉郎から離れ、舞台へ飛び乗った。


 目指す先には百姓が数名いて、酒が入った赤ら顔をし、調子っ外れに踊っている。その顔つきに、利家は見覚えがあった。


 隣国を歩いていた時、ある宿場で信長を悪し様に罵っていた男とそっくりなのだ。但し、その時には百姓の身なりをしておらず、武者修行中の武士の姿だった。

 

 もし人違いでないなら他国の間者かもしれず、信長の命を狙っている恐れさえあろう。


 武芸に秀でる利家には、踊る男の逞しい肉体が百姓とは質の異なる、過酷な鍛錬・修行を経てきた物に思えた。


 彼らは少しずつ、踊りの輪を移動し、信長へ近づいている様だ。


 そっと背後から迫り、声を掛けてみる。


「おい、そこの百姓」


「へい、何でございましょう」


 相手を僧だと思ったらしく、赤ら顔を上げた百姓は、如何にもへつらう調子の甲高い声を出した。


「俺の顔に見覚えは無いか? 確か貴様、尾張と美濃の県境にいたな」


 一瞬、はっとした表情が赤ら顔に浮かぶが、すぐ薄笑みを浮かべ、


「さぁて、おらはこの近くの百姓だで、美濃の方へ行った覚え、無ぇだが」


 言い終えると同時に遠ざかろうとする。


 周りを囲む数人も行動を共にしたから、一層怪しく思った利家は更に後を追おうとして、間も無く行く手を阻まれた。

 

 今度の相手は百姓の身なりではない。


 黒鬼の仮装をした侍で、浅井備中守の配下かと思われた。

 

「前田利家殿でござるな」


 鬼の扮装をしている割に、畏まった物腰で鬼は言った。周りが騒がし過ぎ、しっかり耳を澄まさないと、まるで声が聞こえない。


「いかにも」


「御主君がお呼びにて、御同道願いたい」


 舞台の中央を見ると、信長の鋭い視線が突き刺さってくるのを感じた。


 懐かしい、あの怒りの眼差し。遠くからでも身が震える。


 随分と穏やかになったと思ったのに、追放した家臣に対する苛烈さは微塵も変化していないらしい。

 

 こりゃ、今度こそ命が無いか。


 利家が胸の奥で呟いていると、傍へ藤吉郎が近づいてきた。


「藤吉郎、まさか貴様が殿に、俺の事を告げたのか?」


 目を丸くして、藤吉郎は首を横に振る。要領のいい男だが、確かに友人を窮地に追い込んで手柄にする悪辣さは無い。


 利家が黒鬼と共に歩き出すと、藤吉郎も困った顔で後からヒョコヒョコついてきた。






 酒宴の席へつくと、信長は類が注ぐ杯を平らげ、ろくに利家の方を見なかった。


「最早、織田には関わり無き筈の男が、こんな所で何をしておる?」


 目を合わせぬまま、声音は鋭い。


 利家は言葉の圧力に押され、自ずと後ずさりそうになる己を感じた。


「頼みもせんのに、何度か戦へしゃしゃり出て手柄を立てたそうだな。俺に恩でも売った気か」


 言葉の圧力が強まっていく。


 利家はその場へ跪き、うなじを伝う冷や汗の感触に耐えた。


「殿、実は先ほど百姓に紛れる怪しき輩を見かけております。或いは、お命を狙う曲者かも知れません」


「そのような世迷言、聞いておらぬ!」


 信長の一喝で、利家のみならず、藤吉郎まで身を竦ませ、舞台の踊りも一瞬鎮まる。


「坊主の姿なんぞしおって、利家、俺に放逐を食らった後、そなたが何処で何をしておったか、聞いてやるから話してみい」


 一転、穏やかな口調になる。その真意を測りきれぬまま、利家は気力を振り絞って、主君へ顔を上げた。


「では、お人払いを」


「何故じゃ」


「笛や鼓が響く騒ぎの中、声を張り上げて語る事でもございませぬ。何処か、静かに言上できる所へお運び頂けませんか」


「良い。ここで申せ」


「いえ」


 利家はちらりと生駒類を見た。


 それを察したか、否か。

 

 類はおっとりした微笑を口元に浮かべ、全く動じる様子が無い。

 

 何とも茫洋として掴み所のない女だと利家は思ったが、信長の方は彼の意図を理解したらしい。

 

 類へ鷹揚に顎をしゃくって見せ、

 

「こやつの事は良い。誰より信用がおける女子である故、な」


「左様か。やはり、殿は御変わりになられた。某がいない年月の間」


 利家の不躾な言葉に、藤吉郎の方がぴりりと身を震わせた。


「ほう、如何変わったと申す?」


「以前、某へおおせになったではありませんか。何物も、己以外は神仏と言えども信じるに能わず、と」


 ふっ、と信長は笑った。


「女子を悪戯に信じ、あまつさえ油断めされるとは、我が殿のご振る舞いと思えませぬ」


「良かろう……場所を変えるか」


 しなやかに立ち上がった主の目が、冷たく利家を見下ろす。

 

「貴様の如き逸れ者が何を言うにせよ、ここで成敗し、村の衆や類に見苦しい屍など、見せとうはないでな」


 あくまで静かな声音の中に、鋭気と怒りが混ざり合い、爆発寸前の危険な香りが漂っている。


読んで頂き、ありがとうございます。

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