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短い文が詰められた重箱

単純な話をするライフセーバー

作者: 久澤春人

 海だ。生まれてこの方一度も本物を生で見たことがなかった。見るだけでなく聞くのも香るのも初めてだ。こんなに心が引き込まれるのも生まれて初めてだ。初めての海は僕にとって山よりも山で空よりも空でずっと深く、太陽よりも月よりも綺麗だった。そんな感動に立ち尽くしていた僕に一人のライフセーバーさんが話しかけてきた。その時の話である。


「海は初めてかい?君、今生まれたみたいな顔をしているからね。なんだかそういうのって良い体験だよね。ほら僕なんかはさ、こうしていつも海に来て海と触れあってるから、海を知らなかった頃の自分は完全に忘れきっちゃったから。きっと見え方も聞こえ方も匂いも全然違うまるっきり別の物なんだろうね。あ、そうだ海に入る時はくれぐれも気をつけて、波に持っていかれないように」

「海に入る人がいるんですか?」

「え?まあ僕は見たことないけどね。でも君が入っていっても不自然じゃないし」

「不自然じゃない……!今、不自然じゃないって言いましたよね!?」

「あ、本当だ。確かに今、口からこぼれるように」

「てことは僕は海に入るんですね!」

「……」

「どうしました?」

「いや、君じゃないかもしれない」

「僕じゃなくて?さっき僕にいったんですよね?不自然じゃないって」

「そうじゃないんだ。確かに不自然じゃないっていうのは君に対して言った僕の台詞だ。だけどね大事なのはそこじゃなくて何が不自然じゃなかったと僕が思ったかなんだ」

「つまり」

「つまりは、君が海に入ることよりも、僕が海に入る人を見守るってことが不自然じゃない当然だって思ったんだ。きっと君に注意をしたり、ずっとここにいることはそれとどこかで関連しているんだよ」

「僕じゃなくて……、あなたは誰なのか……」

「そう、僕は。僕は。ああ、もう少しであともう少しなのに」

「僕行ってきます」

「もう少しもう少……う少……し……。……。ハッ!」


「大丈夫かい?」

「えっほけほけほ」

「君、全く泳げないのによく海に入って行ったね」

「あ、ありがとうございます」

「君のおかげでわかったよ」

「はあはあ、ええ?何ですって?」

「だからわかったんだ!僕が誰か」

「あなたは、はあはあ、誰なんですか?」

「僕はライフセーバー」

「あなたは……おめでとうございます」

「」

「おめでとうで、あってるのかな?不自然かな?一人じゃわからないや。ああ死ぬかと思った。苦しかった~。やっと会えたのにまた一人か。でもライフセーバーさん、わかってよかったですね。羨ましい」


 海に入ってはいけない。僕はまだ僕が誰なのかわからないけど、これからも祈り続ける。それまで。

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