7
部屋に戻ると、カーテンが開けられ大きな窓やバルコニーからは日が差し込む。昨日の夜はムーディーな雰囲気が、今では落ち着きのある空間に変わっていた。
食べ過ぎたお腹を擦りながら、ソファーに座る。コルセットのせいでちょっと苦しい。メイさんがお茶を用意してくれる。温かいお茶を啜りながら、まだ現実味がないこの状況にどうしたものかと悩む。
オルガー領主のセルース・オルガー様はそれはそれはイケメン。ふわっとしたキャラメル色の髪。少し長い前髪は軽く右わけで、凛々しい眉毛。目元はキリッとしていて、吸い込まれそうな紫の瞳。鼻筋はすっと通り、しゅっとした輪郭。唇は薄いが、なんと言っても口元左下に色っぽいホクロがある。それがまた、色っぽくてたまらん。
昨日までは夢だと思っていたが、コルセットの締め付けも、カップから伝わる温かさも、ソファーに沈み込む感覚もリアル過ぎる。状況が飲み込めなくて、まだ受け入れ難いが、これが夢ではなく現実だと思って考えてみよう。
私が居た場所は月の泉と言うそうで、溢れ出したマナが満月によって異世界とココを繋ぐ道となるのだとか。私はそんな珍しい現象で、異世界へとやってきた。過去にも、私と同じ様にやってきた異世界人が居た記録が残っているそうだ。そんな人達を通称『月の渡り人』と言うそうで、以前、渡り人が現れたのは100年程前だそうだ。そう考えると、珍しいがそこまで古くもない話な気がする・・・のか?
渡り人がもたらす恩恵はかなりの経済効果を産むらしく、このオルガー領はマナが溢れ、それに伴い鉱脈からは魔石なるものが採れる。その加工・装飾技術は他に類を見ないくらい素晴らしい。貿易の要にもなっているようで、中には遠路はるばる、オルガー領に足を運んでアクセサリーをあつらえるご婦人もいらっしゃるとか。昨日私が見た扉にはめ込まれた紫の石だとか、芸術性高い飾り装飾などはその技術を用いているとメイさんが教えてくれた。しかも、なんと、メイさんはその宝石彫刻師の子孫だと言うからびっくり!!ご実家はご長男さんが継いで、技術は門外不出の為、それをご兄弟さんで支えているらしい。
メイさんは飛び抜けて魔力量が多かったので、先代領主様直々にスカウトされたそうだ。魔力とかはさっぱりわからないが、こんな愛らしい娘さんが表参道なんか歩いてる日にゃ、こぞってナンパ師とスカウトマンが群がるぐらい可愛い!
ピンクブラウンの短く揃えられたボブヘアーに、同じ色のお目々くりんくりん。まつ毛なんて超長いし、ぽってりとした唇はうっすら赤く色づいていて、まさにゴスロリ人形。この部屋を背景に溶け込んでいる。メイド服も似合っているが、ぜひとも先程のドレスを順番に着ていただきたい!
心の声が漏れていたのだろう、丁重に断られました。カナシミ。
話がそれてしまったが、そもそも元の世界に帰る方法はあるのだろうか?方法が無いからこそ、メイさんのご先祖様はこの地で生きていくことを選んだのか。それとも、他の理由か。気になったが、流石にデリカシーなさすぎるかもと思い至り、自称空気の読める女は一人で大きくうなずき、今後の人生設計の大幅修正を見直さなければと思い至る。
正直焦りは無かった。幼い頃に父母は亡くなり、私を引き取ってくれた母方の祖母も、成人を迎える頃には天国へ旅立った。高卒で働き出した私は、倒れた祖母に付き添いとしてしばらくお休みを頂き、最後を看取ることができた。もっと一緒に居てあげれたらと思わなくは無かったが、最後に見せてくれた笑顔に救われた。父は親族の反対を押切り、母と駆け落ち同然で家を出た。なので、父と母の葬儀の時、列席者は私と祖母だけだった。今までに何人か恋人は居たが、仕事にかまけていたこともあり、お付き合いを始めても3ヶ月も保たなかった。ま、天涯孤独の独り身ってことだ。気にかかることといえば、まだ作成途中のプレゼン資料だ。明日の朝イチには提出しなきゃいけなかったのだが、休日使ってやればいいやと思っていだので、鞄の中に入れっぱなしだった。
大してスキルも無く、手に職も無い。ただの会社員だった私に何ができるだろうか?小さい頃はお花屋さんとかパン屋さんに憧れていた。祖母は学生の内はバイトを快く思っていなかったので、休日はもっぱら祖母の家庭菜園を手伝ったり、母の大切にしていた本を読んで過ごしていた。あ、ちゃんと勉強もしましたよ!成績はそこそこのポジションキープしましたし!なので、飲食の接客業は素人も同然。しかし、そんな私にも唯一誇れる物がある。それは、小川さん絶賛の電話対応。あまり意識したことはないんだが、通話中は声がワントーン上がり、ハキハキと喋るので聞き取りやすく、どんな顧客にも臆せず要件を聞きまとめ、折返しの電話対応もしてくれるから超助かるわ~って言われた。普段は死んだ魚のような目をしているのに、電話対応中は人格が変わると後輩達には笑い話のネタにされているらしい。翌日から後輩へのシゴキに磨きがかかる。これが、お局様と言われる所以だ。
人生振り返っみれば、あ、私何だかんだで平凡な人生だったわーとしみじみ感じた。
取り敢えず、自分語りは一旦これぐらいにして、この世界の情報収取は大切だ。色々と教えてもらわなきゃなーと思っていると、
コンコン
きっとお迎えだ。重い腰を上げてドアへと向かった。
筆者的には、目尻・口元のホクロって色っぺー気がするんです。迷いに迷った挙げ句、今回は口元になりましたが、目尻も捨てがたい。皆さんどこのホクロが色っぺーと思いますか?