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「着いたよ。」
馬がゆっくりと止まる。イケメンが馬から降りて、再びお姫様抱っこしてくれる。私は頭から被ったフードのせいで視界が狭い。最初はもう殆どパニック。展開に頭が追いつかずに、イケメンに言われるがままだったが、最終的に夢オチだ!って自覚してからは少し落ち着いた。取り敢えず、イケメンの顔さえ見なければ、悶えることはない。しかし、今どこにいるのかもわからない。このあとの展開がわからない分、ちょっと不安。
どうやら扉の前に来たようだ。そして、イケメンに下ろされる。私は被っていたフードを取ると、そこには見たこともないようなサイズの扉がそびえ立っていた。ドアノブの辺りには薄紫に輝く大きな宝石が埋め込まれ、周りには植物をモチーフにした飾りが施されていた。そして、同じモチーフで細工されたドア・ノッカー。左右対称の両開きの扉は、芸術性が高すぎる。ファンタジー好きな私には堪らない。扉で興奮気味な私の隣で、イケメンが薄紫の宝石に手をかざす。すると、宝石が濃い紫に光、音もなく扉が開いた。
「さぁ、どうぞ。」
イケメンに手を差し出され、目の前の光景にびっくりしつつ躊躇いがちに手を重ねる。一歩踏み出すと、そこには優しい微笑みの中高年の男性が立っていた。片眼鏡を掛け、口元には整えられた口ひげ、ぴしっとキマった燕尾服。まさに執事!!
「おかえりなさいませ、セス様。」
「ただいま、ジル。すぐに着替えを。」
あ、この人お金持ちだ。薄々感じてはいたけど、やっぱり感がすごい。そして、このイケメンの名前が『セス』って事がわかった。「かしこまりました」と一言だけ残して、執事さんはどこかへ。
イケメン改、セス様に手を引かれ、豪華な作りの広い玄関ホールの先の階段を登っていく。階段を登りきると左右に廊下、正面に両開きのドア。ドアノブには、玄関扉と同じ薄紫に輝く宝石。再び手をかざすとゆっくりとドアが開き、毛足の長い絨毯が敷かれた廊下が続いていた。ここから先は少し雰囲気が変わっていた。廊下の左右には、ゆらゆらとオレンジに輝くロウソクの灯が続く。その一番奥の部屋に案内された。
感想、めちゃくちゃ広かった。内装はアンティークゴシック調で、赤を基調とし差し色に黒と金。調度品はダークブラウンで、こちらも同じ植物をモチーフにした細工が施されている。匠の技だわ。ただ、なんだか部屋全体が赤だからか、ちょっとエロい。イケメンとワンナイトラブなのでは!?みたいな妄想が始まろうとして、セス様と目が合って我に返る。
部屋の奥の扉を開けると、そこはバスタブだった。さっきの部屋とは打って変わって、白のタイルの壁に、足元は青のタイル。そして、乙女なら一度は夢見る大きめの猫足バスタブが!壁際にはシャワーがあり、入り口側にはタオルがあった。
「ゆっくり温まるといい。」
そう言って、セス様は扉を閉めた。
貸してもらったローブを畳んで、明るいバスルームで自分の腕や足を見ると、泥で汚れ、水草が短パンにくっついていた。丁度体も冷えていたので、有り難い。ま、夢なので気持ち温まった気分に浸りたかった。ひとまず脱いで、シャワーを浴びよう。壁際のシャワーのレバーをひねった。
「ひゃっ!!!」
シャワーから出てきたのは水だった。池の水より冷たくて、心臓止まるかと思った。
「どうした!!」
セス様が、私の思いの外デカかった声に驚いて扉を開けた。
目と目が合った。お互い固まって、人生で初めて情けない声で悲鳴を上げた。