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玄関の扉の先には、真っ黒な馬が一頭用意されていた。横に立つセス様は、とてもラフな服装で、肩にはローブを羽織っている。いつも街に行く時の装いらしい。
てっきり馬車かと思っていたのだが、馬には二人乗り用の鞍が着けられていた。普通の馬より大きい。いや、生で馬見たこと無いけど、私が知ってる馬のサイズより一回りは大きい。私がこの世界に来た時に乗せてくれた馬だと教えてもらった。気性は穏やかだと言うので、改めて、ありがと~ありがと~ね~と、肩に頬ずりしながら撫で回してお礼を言う。毛並み最高。とてもお利口さんで、感謝が伝わったのか、顔を寄せてスリスリしてくれる。初の動物とのふれあいに癒やされた。移動速度もとても早く、スタミナも段違い、セス様の相棒だと言っていた。
何より驚いたのは、この馬は精霊だと言い出したからだ。今は馬の姿だが、普段はセス様が着けている右耳のピアスの中で眠って居るらしい。ピアスには魔石がはめ込まれていて、紫の石がキラッと光る。全く気が付か無かった。少し伸びた髪を耳にかけると両耳についている。左耳のピアスには別の精霊が待機中らしい。【精霊】の魔法世界ワードに胸が高鳴る、激アツ展開。
色々と聞きたいが、そろそろ出発なので馬に乗る。乗ろうとした。悲しいかな、私の足の長さでは鐙に届かない。違うんや、馬がデカ過ぎるんや。すると、セス様が私の小脇を両手で抱えて、ヒョイと乗せてくれた。最初は横座りだったが、私の希望できちんと跨る。
二人用の鞍には、前後でそれぞれ鐙がついており、私の足の長さに合わせてもらう。後ろからセス様に抱きしめられるような体勢は気恥ずかしかったが、私の乗馬練習兼ねて、屋敷の敷地内を軽く走る。その後、うっかり馬の本気が見たいなんて言ったばっかりに、絶叫アトラクションかよと思うスピードで駆ける。すぐさまギブアップを連呼し、少し落ち着いてから門扉に向かう。ぐったりしつつ、さぁ、出発だ!
門扉をくぐると、整えられた木立が続く。道は整備されており、程なくすると視界が開ける。右手にそびえ立つ山、麓はなだらかな丘で、家畜の牛や羊が放牧されてた。左手には農地が続き、ポツポツと民家が見える。とても長閑だった。途中、農作業に精を出す農家さんが挨拶してくれた。どこか温かさを感じる光景に田舎暮らし有りだわと本気で検討してみる。
農地エリアを抜ける頃には、街が見えてきた。規模はそこまで大きくないけれど、街へ続く街道は遠目で見ても分かるぐらい混んでいる。どうやら、明日開催される春祭りに参加するため、続々と人が押し寄せているらしい。大きい貿易街道が街の中に通っていて、隣の領地の祭り開催前後に、このオルガー領でも街道沿いで大きな市場が設けられているそうだ。オルガー領の品物はどれもとても人気なので、これに合わせて王国各地、果ては隣国からもこぞって買い物客が押し寄せるそうだ。ちょこちょこセス様が出掛けて行くのは、この準備のためだったらしい。
そんな忙しい中、お祭りに参加しても良いのか確認すると、この時期は自警団がしっかり見回りや取締りをしているので問題ないそうだ。留守にしている間の代行としてジルが対応してくれるから心強いとセス様は言う。
そして、あっとゆう間に街についたので、馬から降りる。馬の名前はクロと言うらしく、セス様のネーミングセンスの無さに苦笑しつつ、一瞬でピアスの中に消えた。まじまじとピアスを見ると、顔が近いと指摘された。セス様は恥ずかしかったのだろう。お顔が真っ赤で、こんな時、年相応で可愛らしいなと思う。やむなく目的地に向かって歩き出す。町並みはレンガ造りで、一軒一軒建つ家は、屋根・窓・扉の形が異なっていて個性的だ。魔法の世界感たっぷりの雰囲気を醸し出していた。
すれ違う人すれ違う人、領主様へおはようございますの挨拶と一輪の花を渡される。私も一緒に挨拶を返すと、皆一瞬驚き、私にも笑顔で花をくれる。
厳しい冬を乗り越え、再び芽吹きの春を迎えれたことに喜びと感謝が込められているのが【春祭り】の所以だそうだ。なので皆、花を抱えている。お互い花を交換したり、意中の人へ特別な意味を込めたりと、渡す花の花言葉によって様々な人間ドラマが生まれているのだと、昨晩浴中にメイが教えてくれた。
如何にセス様が領民に愛されているのかが伝わってくる。セス様の腕には、紫色のバラで一杯だ。花言葉は「尊敬」が込められているのよと、花柄のエプロンをしたおばちゃんがウインクしながら教えてくれた。そして、おばちゃんもまた、私には蘭の花をくれる。デンファレと言う名前の可愛らしい薄紫のお花だ。花言葉を聞いてもウフフと言い残し、行ってしまった。お花をくれる人達は一様にして、デンファレをくれる。でも、誰も花言葉を教えてくれなかった。セス様も言い淀んで、結局教えてくれなかった。