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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

―フラット―

宵闇に仄かに浮かび上がるは

作者: 天界音楽

 仕事を終え、段々畑の合間の細道を、ひとり、とぼとぼ歩いているときだった。


 時は宵闇、明かりを持たない私は早く家へと戻らなければならなかったのに、疲れからかどうにも足がうまく動いてくれないのであった。


 ため息をこぼしこぼし、待つ人のない家へと道を辿る。その途中、ふと顔を上げれば、季節外れの白い花が見えた。高い木に鈴なりにいくつもの花をつけたハクモクレン。あれは確か、春の華ではなかったろうか。


 狂い咲きだろうか。

 珍しいこともあるものだ。


 そう思ってとっくりと眺めてみると、おや、どこか様子がおかしい。天に向けて掌を開いた手のような花弁が特徴である花なのだが、あれは「まるで人の手のようだ」と言うよりは、「人の手そのもの」のような……。


 まじまじと凝視する。

 ああ、暗い。太陽が山の合い間に消えていく。光が消えていく。


 だが、うすぼんやりと光るように浮かび上がる白い手は、女の滑らかな白い手は、その節までふっくらとまろみを帯びている優しくたおやかな手は、私の目をしっかりと捉えた。



 欲しい。

 あの手が欲しい。どれか一つでいい、あの手が欲しい。


 百舌鳥の早贄のように、裸の木にああして置かれている手のなんと健気なことだろう。血の気を喪い真っ白な、有機物であり無機物であるような手よ。わずかに残された光に薄い貝殻のような爪がきらめいている。


 あの手に頬ずりしたら、どのような感触だろう。

 あの手に口づけしたら、どのような気分になるだろう。


 欲しい。

 どうしても!



 足を踏み出した。手を伸ばした。

 落下した。虚空を掻いた。


 奈落の底に真っ逆さまに落ちていったかと思われたが、真下は幸いにも柔らかい泥地であった。したたか背中を打ちつけたものの、怪我一つなかったのだ。


 ハッとハクモクレンを見やると、そこにはもう、一つの花もなかった。跡形もなく消えていたのである。


 ああ、なんとも惜しいことをした。

 どこからにひとひら落ちてはいないかしらんと、木の周囲を巡ってみたが、まったくひとかけらも落ちていない。


 私は大いに落胆し、特大のため息を吐いてから、もう一度だけハクモクレンの木を眺めた。そしてそこに、小さな希望を見つけたのだ。


――蕾だ!


 冬が来て、春が来たら、この蕾も花開こうか。

 そのときに咲くのは花か、それとも……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハクモクレンに、こんな着眼点があるなんて! と目から鱗が落ちるような気持ちがいたしました。 [一言] わたしには「花」モチーフにして作品をえがける器がありません。 なので、こんな幻想的で美…
[良い点] 妖しい香り漂う、不思議な幻想世界のお話 すっきりと読みやすく、余韻まで楽しませていただきました "狂い咲き"とのことで季節いつだろう、と思ったら最後に蕾で季節が分かるという抜かりない設計に…
[一言] 恐ろしいはずなのに、どこか妖しく美しい。薄闇に浮かび上がる白い◯は、確かに心奪われるような気がします。うちの近所にも白い木蓮があってもうすぐ蕾をつけるのですけれど、花開くとふわっと夜でも目立…
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