第十のセフィラ戦 後編
金属のように硬く細い糸とクレイモアが衝突する。僕は刃が折れないように力の入れ方を考えて振るった。それに加えて糸が巻きつかないように振り下ろしてはすぐに戻すということを徹底している。
頭をぶつけて軽度だが脳震盪を起こしているせいで足元が覚束ない。時折視界が暗くなり、大変戦い辛い。
前回戦ったときよりもマルクトの異能力は強化されているようで、訓練と経験により強くなった今の僕でも勝ち目は薄かった。しかしそれでも僕は一歩足りとも退かずに不完全な体のまま戦った。
無意識のうちに呼吸は浅く小刻みに、そして不安定になっており、上手く体を使うことができない。
──思い出せ、思い出せ、もっと安定して酸素を全身に供給しろ。
大きく後方に跳躍し、着地すると同時に動きを止めて肺にある空気をすべて吐き出した。それから集中して息を吸う。
脳に酸素が回っていくのがよく感じられた。思考が鮮明になって視界が広がった。体の痛みも和らいで、全身の筋肉が活性化されて本来の力が引き出される。
──これならやれる。
僕はマルクトとの距離を一瞬で詰めてクレイモアで下段を薙ぎ払う。踏み込んだ足を軸にして横に回転して回し蹴りを放つ。さらにその足を軸にしてクレイモアを振りかぶった。
一撃目でマルクトの脚は切断された。しかしすぐに糸で繋ぎ止めて次の攻撃に備える。二度目の蹴りが脇腹に入り、数歩不安定な足取りで後退した。そして振りかぶったクレイモアに対しては両手で刃を挟んで受け止めた。しかしマルクトの押さえる力よりも速度の乗ったクレイモアのほうが強く、頭に刃が刺さった。
硬いものを砕き、柔らかいものを両断する感触が手に伝わる。人間ではないとは言えども同じ形をしたものを切るのは不愉快だった。それはたとえ何度か人を殺めたことがあったとしても変わらなかった。
胸部まで刃が入ってマルクトの体は上半身が二つに分かれた。断面から鮮血が噴き出して辺りを汚す。
脳幹を損傷での殺し方はしたことがないから手応えからはなんとも言えないが、目視で確認できる範囲からして傷が付いていることに変わりはないだろう。
僕はマルクトの体からクレイモアを引き抜いた。数歩下がってエリザヴェータから渡された中が見えない黒色の注射器を取り出し、体が崩れるのを待つ。しかしいつまで経ってもマルクトの体は崩壊を起こさない。
──たしかに損傷してるだろ、なにが起きているんだ?
クレイモアを握る手にじわりと汗が滲む。
前方で立ち尽くしている少女の形をしたものが発する殺気は消えていなかった。
発声器官を失ったはずのマルクトが小さく言う。
「異能力──人形劇『喜劇』」
マルクトの指先からは新たな糸が出ており、それらは放射状に周囲に広がっていった。それから大きな笑い声が聞こえる。耳を塞いでも聞こえてくるそれは、脳に直接干渉している異能力だということが分かった。
──これはさすがにないだろ。酷すぎる。
糸の先には無数の球体関節人形が生み出されており、それらすべてが僕を指差して嘲笑している。
鼓膜が破れそうなほどの大音声によって頭痛を感じてうずくまっていると、顔面にマルクトのつま先が刺さった。顔をサッカーボールのように蹴られて頭が後方に飛んでいき、それに引きずられていった僕の体は大きく仰け反った。
すぐさま起き上がると鼻から口にかけて生暖かいものを感じた。鼻を手で雑に拭うと、血液が付着した。それは月明かりに照らされてテラテラと光る。
蹴られたことによって鈍痛こそあるが、骨が折れているような激痛は感じられず、ひとまず胸を撫で下ろした。
──しかしどうするかな、これ。
僕の周りを取り囲むのは五体の球体関節人形で、さらにその周りを無数の人形が囲っている。差し詰めオーディエンスといったところだろう。近くにいる人形の服装は上品で、おとぎ話に出てくるお姫様を彷彿とさせた。
オーディエンスの人形たちは僕を指差して笑っている。五体の人形たちも笑っている。
「──そんなに僕が滑稽か?」
クレイモアを両手で持ち、その場で横に回転した。僕を取り囲んでいた五体の人形の首がゴトンという音を立てて落ちた。
すかさず僕は頭を失った人形を関節ごとに切断していって無力化していった。そしてオーディエンスにも同様のことを行う。
操るための糸も切れてバラバラになった人形たちが地面に転がる。
「喜劇になるのはお前だよ、マルクト!」
僕は獲物を前にした飢餓状態の肉食獣のように姿勢を低くして脚に力を入れ、仕留めようと間合いを詰めた。致命傷を与えようとクレイモアを振りかぶる。
一閃する鋭利な刃が首を切り落とそうとマルクトを襲う。
叫び声が上がる。それが自分の声だと認識するのに間があった。自分を鼓舞してマルクトの首を切断した。
頭部が美しい放物線を描いて宙を舞う。
虚ろな瞳が僕を見つめる。
音を立てて地面に頭部が転がった。
頭を失った体はその場に立ち尽くしている。
「……やったか?」
体の力が抜けて僕はその場に崩れ落ちた。もう限界だった。吹っ飛んで蹴られて散々だった。よくもまあ今まで戦えていたと我ながら感心する。
そこで声が聞こえた。
「異能力──人形劇『デウス・エクス・マキナ』」




