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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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彼女もまた人間ではなくて 後編

 吸血鬼を食べ続けているモニカの瞳は鮮血を彷彿とさせる赤色に輝いていた。それは吸血鬼特有のものと同様だった。

 変化は瞳の色だけではなかった。先ほどまで肉や骨が見えていた重度の外傷は既に治癒しており、顔から苦痛の色は綺麗さっぱり消えてなくなっていた。そして筋力も人間とは比べ物にならないほど強くなっており、片手で軽く払う程度で肉を剥がすことができるようになっている。

 肉を剥がしては口に入れ、咀嚼して嚥下する。モニカは工場のラインのような動作を黙々と繰り返していた。しかし工場のラインとは一つ違う点がある。それは食べれば食べるほどモニカは強くなり、その動作を実行する速度が上がるということだ。

 真っ暗な空間には咀嚼音だけが響いていた。

 モニカが次の肉を剥がそうと手を伸ばし、爪を肉に立てた瞬間──この空間が揺れ出した。その場から吹っ飛ばされないようにモニカは爪を立てたままそこに必死になってしがみついて揺れが収まるのを待った。

 しかしそれはいつになっても収まらない。

 モニカはもう片方の手を近くの肉に突き刺して体を固定してただひたすらその揺れに耐えていた。肉が剥がれてきてしまい、その度に更に置くに爪を立てていた。

 そしてもう一度掴み直そうと爪を立てた瞬間、空間が突如として膨張していき、大きな破裂音とともにモニカは外に投げ出された。

 人間のときよりも何倍も身体能力が上がっている今、急に空中に放り出されたところでなんの問題もなかった。宙で猫のように器用に体を捻り、上手く足から静かに着地した。

 モニカは大きく息を吸い込み、空を仰いだ。砂漠の夜空は澄んでいて星がよく見えた。

「「モニカ!」」

 ヴェロニカとナスチャが生還を果たしたモニカに駆け寄った。声色こそ明るくなっているが、二人の顔は曇っていた。

 モニカの視線が二人を捕らえることはなかった。それは一点を見つめており、そこから動くことはなかった。その視線の先には砂の山ができており、頂点には旗のようにモニカの得物であるサーベルが刺さっており、中腹からは褐色肌の前腕が出ていた。

「まだ終わってないよ。早く倒そう。それに……」

 腕は崩壊しておらず、吸血鬼がまだ生きていることを教えた。

「……セシリアを早く安全なところに運んであげて」

 感情のこもっていない声で指示を出した。

「わかった!」

 ナスチャはそそくさとそこを離れて、地面倒れているセシリアの元へと駆けていった。

「……ヴェロニカ、やろっか」

 モニカの赤い双眸はヴェロニカの心臓を握りしめるような恐怖を与えた。

 ヴェロニカは本能から後ずさってモニカとの距離を置いて、何も言わずにコクリと頷いた。

 モニカが砂の山の頂点に刺さっているサーベルを引き抜くと同時に、ヴェロニカは吸血鬼の外に出ている前腕を射撃した。

 弾丸は回転しながら手から腕へと向かって突き進み、骨を削っていった。しかし吸血鬼はそれに反応しない。

 ヴェロニカは首を傾げて、

「……生き埋め……なんてことはないよね。吸血鬼が窒息死なんて有り得ない……」

 とポツリと言った。そこでサーベルを引き抜いたモニカが、

「この辺りかな……?」

 と言って楽しそうに剣先を砂山に突き立てた。吸血鬼化したモニカの力によってサーベルは持ち手の部分を残してすべて砂に埋まった。

 砂の中からこもった断末魔の叫びが聞こえる。しかしそれも少しすれば聞こえなくなった。

「はい、これでお終い」

 再度サーベルを引き抜いて付着した砂を払うと、モニカは柔和に笑った。瞳は元の人間のものに戻っており、声色も心なしか明るくなっている。

 出ていた前腕が紙に火をつけたかのように消えていき、それを見たヴェロニカは安堵してその場にへたり込んだ。拳銃は手から滑り落ちて砂に音を立てずに転がった。

 モニカは倒れていたセシリアのほうを見て、

「任務は遂行できたし、帰ろっか。セシリアも生き返ったようだし」

 と言って砂山から飛び降りた。視線の先にいる頭から落下して血を流していたはずのセシリアは、何事もなかったかのように上体を起こして辺りをキョロキョロと見回していた。

 セシリアの膝の上でナスチャが、

「よかった! よかったよ! セシリアが死んじゃったかと思った! 心配してたの!」

 と言ってぽふぽふと跳ねながら泣いていた。


 こうして砂漠に再び平和が訪れた。

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