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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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それはとても脆くて

 ──セシリアがいるはずの異能空間に来たはいいけれど……どこにいるんだろう……?

 モニカは縦横が無限に広がる水中で悩んでいた。いくら視界が通る綺麗な水と言えども、見える範囲には限界がある。それでもってモニカの視力はセシリアに比べてかなり劣っているのだ。

 ──さっきセシリアが引き摺り込まれてからどれぐらい時間が経ったんだろう。それによってはもう……。

 嫌な想像がモニカの脳を侵食する。それはどす黒くてまとわりつくような粘度のある不快なものだった。

 ──ダメダメ、そんな不吉なことを考えちゃ。まだセシリアは生きてる! だから助けてあげなくちゃ!

 そう決意したモニカはセシリアを捜すべく水底を目指して潜水を始めた。

 しかし思うように潜ることができない。それはまだ肺にかなりの空気が残っており、それが浮力になったということと、そもそもモニカの潜水能力が道端に落ちている犬の糞とギリギリ張り合える程度の能力しかなかったからだった。それに加えて、レジスタンスの制服が中途半端な耐水性を持っているから、水中では抵抗にしかならなかった。

 ──あれ、私ってこんなにも泳げなかったっけ?

 それでも懸命にモニカは潜った。大して接点があるわけでもない同期を助けるために。

 しばらくすると辺りは最初よりもかなり暗くなってきて、深くまで潜ったことが窺える。しかしまだセシリアは見つからない。

 モニカは口からぷくぷくと空気を吐き出した。顔には苦痛の色を滲ませている。しかし止まることも引き返すこともしなかった。

 気づけば辺りは真っ暗になっていた。上も下も右も左も分からないほどの暗闇だ。

 ここまで来るとモニカは特にこれと言って動きをすることなく深度を下げることができていた。それが良いことか悪いことかは別として、確かに進んでいるということが分かり、モニカは少しばかり嬉しくなった。

 口角を僅かに上げて微笑んだ。しかし目は虚ろになっており、生気が感じられなくなっていた。まだぬいぐるみのほうが幾分かマシなレベルで、年端も行かぬ子供が見たら恐怖で泣き出すこと間違いなしだ。

 しかし上下左右の分からぬ闇は突如、終わりを告げた。

 意識が混濁してきたモニカがようやく水底に到達したのだ。顔から白に近い肌色の細かくて柔らかい砂に着地した。

 一拍置いて腰を逸らして上半身が着き、そしてそれに続いて金魚の糞のように下半身が落ちた。

 砂はモニカの体の線に沿って形を変えて適合した。それがとても心地がよくて、モニカはうつ伏せのまま砂に身を委ねていた。

 ──あれ、私って今、なにしてるんだろう? 頭は痛いし思考も働かないや。ずっとこのまま……寝ていたい……。

 モニカの口から空気が漏れ出した。

 ──行かないと。可哀想な人間を助けてあげなくちゃ。

 モニカは脳が膨張するような鈍い痛みに耐えながら、何倍にも増したような重力に抗い、手をついてゆっくりと上半身を起こした。

 それがモニカの決意だった。

 決して遠くない位置で小さな音が聞こえた。自分がいる位置と深度はほとんど等しいのが分かった。

 ──セシリアだ。

 モニカは目の代わりに耳の機能が優れていた。人間は一つの感覚が機能しなくなると別のもので代用しようとするものだ。それがモニカの場合は聴力だったというわけだ。

 ──あっち。早く行かなきゃ。……私が死ぬ前にセシリアを助けてあげなくちゃ……。

 泳ぐために上半身を起こして座っている状態から一旦立ち上がり、前に進もうと踏み出した。しかし酸素が行き届いていないから足がもつれて体がゆっくりと前に倒れていった。

 ──待っててね。

 残り僅かな酸素を消費して前進を始めた。速度は非常に遅いが着実に対象物へと近づいていっている。

 音の発生源に辿り着く前にある物がモニカの視界に入った。それは成人女性ほどの大きさの青い岩で、淡く発光しており、雑に砂の地面に突き刺さっている。

 続けてモニカの視界にセシリアの姿が入った。岩が発する明かりに照らされてセシリアの細い四肢が浮かび上がる。戦うにはあまりにも脆すぎる痩躯は彼女の獲物であるクレイモアを大切そうに抱きかかえていた。

 ──助けにきてもらえるって信じてたんだ。でもここから出られそうにないよ。私がセシリアを抱えて浮上するにしても、もう限界だよ。

 心が砕け散りそうになった瞬間、モニカの耳に声が聞こえた。

『さて、そろそろ終わりですね。結局、人間なんて吸血鬼の足元にも及ばないんですよ』

『──まだ負けてない。わたしは生きているから!』

『唯一の不安要素である鳥の動きは完全に封殺しています。一対二のこの戦況、あなたは圧倒的に不利なんですよ。──さあ、降参してください。今なら楽に殺してあげますから』

 声の発生源は探すまでもなく、隣にある岩にあった。

 次の瞬間──。


 ──引き込まれるように淡く輝く青い岩をモニカはサーベルで叩き切っていた。

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