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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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砂と水の踊り子 後編

 無数の空薬莢が宙を舞う。祈りを込めた銀の弾丸は四百メートル毎秒の速度で吸血鬼の命を撃ち抜こうと奔走する。

 ヴェロニカは続けて撃とうとトリガーを引くが拳銃は弾丸を吐き出さなかった。トリガーを引いた手ごたえが感じられないと、即座に慣れた手つきで弾を込めて再度トリガーを引いた。

「いつも拳銃を使っていると思うんだけれど、みんなよく刃物で戦うよね。本当、尊敬するよ。近づくなんて恐ろしくてわたしにはできない」

 ヴェロニカがナスチャを一瞥すると、独り言のように言った。

「そうかもね。でも拳銃よりも刃物のほうが強いよ? 弾が通らないほど硬い敵でも、刃なら使い方次第で落とせるから」

「それはそうだけれど……」

 衝撃波が生み出される。場所はおそらくヴェロニカの首の辺りだ。それを察知したヴェロニカが片足に体重をかけて踏み出した。

「戦いの最中にお話とは随分と余裕があるみたいですね」

 水の吸血鬼は嘲笑しながら小さく指を動かした。それによって突如としてヴェロニカの体重をかけているほうの脚に絡まるように水が生成され、回避を妨害した。

 ヴェロニカは咄嗟に頭を下げて衝撃波を回避して頭と胴体が織姫と彦星状態になるのを防ぐが、捕らわれた片足を前に出すことができず、そのまま前に倒れ込んだ。

 水を振り払おうと必死に足を動かすが、それは粘液のようにまとわりついて離れない。

「邪魔だって! 離れてよ!」

 砂まみれになって涙目になっているヴェロニカを水の吸血鬼は蔑視して、

「あらあら、可哀想に。──でも残念、私の異能からは逃れらないんですよ」

 と言って不敵に口角を上げて笑い、再度指を動かした。

 次の瞬間、脚にまとわりついた水が膨張し、瞬く間に腰、腹、胸、そして頭を包み込んだ。ヴェロニカの顔が可哀想なほどに一気に青ざめていった。

 先ほどと同様に異能によって生成された水を剥がそうともがくが、それはまるで意味をなさなかった。ヴェロニカが動くたびに水は形を変えて離れない。

「ヴェロニカ!」

 ナスチャは名を叫ぶように呼ぶと同時に脊髄反射で腹部から赤い刃物を生み出した。それで水に捕らわれているヴェロニカを切らないように細心の注意を払って水を切りつけた。しかし水は刃にもまとわりついて簡単に受け流したため意味はなかった。

「ヴェロニカ……ヴェロニカ……」

 もう助けるための術を持ち合わせていないナスチャは弱々しく名を呼ぶだけだった。

 水の吸血鬼は恍惚とした表情で砂の吸血鬼を見て、

「あと一羽ですね」

 と静かに圧力をかけた。

 自分に向けられた感情に嫌悪した水の吸血鬼が、

「向こうにいる一般人は……どうするの……?」

 と薄っすらと不快さを気配に溶かして訊ねた。

 頭を抱えて怯えているカルヴィンを一瞥して、

「そちらの人間はなにもしなくても勝手に転んで死にそうですから放置でいいですよ」

 と心底面倒くさそうに指示した。

「……わかった」

 小さく答えてコクリと頷いた砂の吸血鬼は、あやとりをするように指の一本一本を動かした。関節一つ一つも潤滑油を垂らしたかのように滑らかに動いていた。

 刹那──無数の衝撃波がナスチャに集中した。

 それを避けなかったナスチャは衝撃波が直撃すると同時にもみじおろしのように無残な姿に成り果てた。

「これで……どう……?」

「うわあああああぁぁぁ!」

 顔を覆いながらも指の隙間からその光景を見ていたカルヴィンが情けなく絶叫した。静寂の満ちる冷淡な砂漠の夜空にカルヴィンの叫び声は虚しく吸い込まれた。

「やっぱり……こっちも仕留めておこうよ……」

 水の吸血鬼は砂の吸血鬼に対して冷酷な視線を向け、

「あなたの好きにしたらいいですよ」

 と吐き捨てるように言った。

「……じゃあやるね」

 カルヴィンに人差し指だけを立てて指すと、

「さようなら」

 と澆薄に笑って死刑執行までの僅かな間を楽しむかのようにゆっくりと指を曲げた。一拍置いてカルヴィンの頭が破裂し、花火のように中身を地面にぶちまけた。

 衝撃波は頭蓋骨を粉々に砕き、脳を掻き混ぜて固体からスムージーのようにドロドロな液体へと変えた。

 一瞬の間を置いて、頭を失ったカルヴィンの体は操り人形の糸が切れたかのように崩れ落ちた。首の辺りから血液が噴水のように溢れ出している。

 即死だった。

 水の吸血鬼は無残な状態になったカルヴィンを唾棄するように数秒間見つめた後、もみじおろしになったナスチャを一瞥して、

「さてとこの特異体も始末できたみたいですから、そろそろ食事にしましょうか」

 と呟いた。

 すると砂の吸血鬼が首を傾げて、水に捕らわれたままのたうち回っているヴェロニカを横目に、

「……そっちのレジスタンスはどうするの? まだ生きているみたいだけれど……」

 と言って表情に困惑の色を見せた。

「どうせそこから出ることはできませんから。放っておいて死ぬのを待ちましょう。それで十分ですから」

「……わかった」

 二体の吸血鬼はまずカルヴィンの肉体を食べ始めた。指をちぎるとそれをぐちゃぐちゃになった脳につけて口に運んだ。咀嚼する音だけが聞こえた。

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