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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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砂嵐 後編

 ヴェロニカの拳銃から放たれた祈りを込めた銀の弾丸は吸血鬼の急所である頭に向かって一直線に飛んでいった。しかしそれはいつになっても吸血鬼の体には着弾しなかった。

 それはこの世の物理の概念を破壊したようなものだった。

 まるでヴェロニカと吸血鬼の間に透明な壁があり、そこに弾丸が刺さっているようなものだ。

「この吸血鬼の異能って砂嵐を起こすんじゃないの……?」

 完全に想定外かつあり得ない現象を目の当たりにしてヴェロニカの口から言葉がこぼれた。

「決めてかかるのは良くないと思うよ……」

 吸血鬼が傷を治し終えて立ち上がると小さく言った。侮蔑の視線をヴェロニカに向けると、手で空を薙ぎ払った。

「──っ!」

 吸血鬼から発せられる殺気が変化したことにいち早く気がついたモニカが、隣にいたヴェロニカを押し倒すようにタックルをしてその場を離れた。

「気をつけて、ヴェロニカ。攻撃が見えない。あれに当たったら大変なことになっちゃう! 根拠はないけれど、とにかくまずい!」

 すぐさま二人は立ち上がり、次の攻撃に備えた。

「そんなことは分かってる。でもいまいち能力が分かんないからどうやって対処すればいいの」

 ヴェロニカが吐き捨てるように言い、銃口を吸血鬼に向けた。

「単調な動き……脳がないんだね、可哀想に。早く私たちの食事になって役に立ってよ……」

 再び手の指を揃えて刀のようにすると空を切った。

「二度目は効かないよ」

 ヴェロニカは獲物を狙う肉食獣のように姿勢を低くすると、横に跳んでそれを回避した。

 連続して見えない攻撃を放つが、ヴェロニカにはことごとく避けられた。それだけでなく、数発発砲して反撃された。

 やはり弾丸は吸血鬼には当たらず空中で止まっている。

 唇を噛んで苛立ちを見せた吸血鬼はヴェロニカを仕留めることを諦めて、モニカを狙った。しかしこちらも動きは早く──それも察知能力が高いからまるで当たらない。

 吸血鬼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、

「さすがはレジスタンス……ちょこまかとすばしっこく動くね。でもこれならどう……? あなたたちはプロフェッショナルでも……そっちの人は一般人でしょ……?」

 と憎悪が込められた声で言った。そしてうずくまっているカルヴィンを一瞥すると、そっちに向かって手で空を薙ぎ払った。

 同時にモニカが駆け出し、カルヴィンを押し倒した。カルヴィンの頭部があった位置には今、モニカの胴体がある。

 なにかが裂ける嫌な音がした。次の瞬間、モニカは腹を押さえて片膝をついた。苦痛に顔を歪めながら歯をくいしばり、呼吸は浅く細かいものになっている。

 それを聞いたヴェロニカは脊髄反射のような動きで吸血鬼の頭部を狙って射撃した。それは一切の無駄がない動きで、弾丸は吸い込まれるように飛んでいく。

 今回は透明な壁に阻まれることはなかった。しかし代わりに地面から水が噴き出して弾丸を止めた。それは大きな圧力がかけられており、水が柱のようになって天高く上がっている。

 呆然としたヴェロニカはそこから目を離すことができなかった。

 噴き出している水の中に人影が見えた。一拍置いてそれは水から弾き出されるように飛び出してヴェロニカの前に仁王立ちして、

「私の大切な妹をあまり虐めないでくださいよ」

 と言って睨みつけた。そして砂の吸血鬼に汚物を見るかのような視線を向けて、

「あなたはどうして手間取っているのですか? 所詮はエコーやデルタだから、後れを取るようなことはないはずですよ」

 と半ば呆れたように言った。

「ごめんなさい……お姉様……」

「まあいいですよ。早く片付けてしまいましょう。それに──これで私たちもセフィラに入れますから、気楽にいきましょ──」

 そこに作られた苦痛混じりの明るい声で、

「私が戻るまでカルヴィンを守ってあげて! 私はセシリアを助けに行くから!」

 とモニカが異能で作られた水に勢いよく飛び込んだ。

「自分から入ってくれるとは都合がいいですね。閉じ込めて彼女も溺死させましょうか」

 悪趣味な笑みを浮かべて水の吸血鬼は、

「役立たずを庇いながら一対二で一体、どこまでできるのかしらね? 精々頑張ってくださいよ」

 と言ってヴェロニカのつま先から頭の天辺までを舐め回すように眺めた。

 攻撃しようと水の吸血鬼が手を大きく振り上げた瞬間──。


 ──上半身と下半身が分断された。

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