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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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優しい毒

 まだまだ日は暮れない。モニカとカルヴィンは灼熱の砂漠を進む。

「あのぉ……モニカさん……」

 カルヴィンが申し訳なさそうに口を開いた。

「どうしたんですか?」

 柔和な表情でモニカが反応した。

「あの二人ってぇ……どうしてあんなにも凶暴なんですかぁ……? 仲間のあなたならご存知ですよねぇ……?」

 カルヴィンはセシリアに殴られた横腹をさすりながら訊ねた。額には脂汗が浮いており、かなりの苦痛を感じているようだった。

「分からないですね。一年くらい前に知り合って、その頃はそんなことなかったと思うんですが……いつのまにかああなってました」

「そうですかぁ……女の人って強いんですねぇ……」

 ポケットからハンカチを取り出すと汗の滲んでいる顔や首を拭い、

「でも本当に助かりましたぁ……最近、砂漠を通過する人が行方不明になるっていう噂があってぇ……僕、帰るに帰れなかったんですよぉ……モニカさん、本当にありがとうございますぅ……」

 と繰り返し頭を下げた。

「可哀想な人を助けるのは当然ですから」

 モニカはふふんと胸を張って自慢げに笑った。

「ところでどうしてカルヴィンは家に戻ろうとしたんですか? 砂漠を通るのが物騒だって噂に怯えるなら、もう少し日程を調整すればいいじゃないですか」

 今度は目を丸くしてカルヴィンの顔を覗き込んだ。

「それができればいいんですがねぇ……でも緊急で帰らないといけない用事があってぇ……僕の母が危篤だって昨晩連絡が入ったんですよぉ……」

 表情の読めない木偶の坊のようなカルヴィンの顔が少し曇った。

「それならなおさら急がないといけないですね。──じゃあ走りますか? 私、体力には自信があるので」

「いいですよぉ……僕はあまり体力がないですからぁ……普通に歩いていきたいですぅ……」

「そんなことを言っていてはいけないですよ。早くお母さんのためにも帰ってあげないと」

「そうなんですけれどねぇ……無理なものは無理なんですよぉ……そもそもこの出稼ぎだって不本意ですからぁ……できることならずっと家にいたいですよぉ……」

 カルヴィンは大きくため息をついた。


 時刻は黄昏時を迎えた。モニカもカルヴィンも黙々と砂漠を歩いている。その沈黙を切り開いたのはモニカだった。

「ところで……どうして出稼ぎなんかしてるんですか? 家から出たくないなら出なければいいだけの話じゃないですか」

「えっ? そりゃあ……あれですよぉ……僕、こう見えても長男なのでぇ……家族を助けないといけないんですぅ……僕には母と弟が四人と妹が三人いるんですがぁ……母は体が弱くて働けないしぃ……弟や妹たちはまだ幼いからぁ……どうしても僕が稼がないといけないんですぅ……」

 カルヴィンはまたしても大きなため息をついた。

「家族のために働くってすごいと思います。体には気をつけて頑張ってくださいね。応援していますよ!」

 底なしの明るさでモニカが励ますと、カルヴィンは引きつった笑みを浮かべて、

「それはありがとぉ……」

 と言った。

「……で、お父さんはいないんですか?」

「父? もういませんよぉ……まだ僕が小さい頃にいましたねぇ……酒とぉ……タバコとぉ……ギャンブルとぉ……女遊びに溺れていましたねぇ……それでもって母や僕を物理的にも精神的にも痛めつけてぇ……挙げ句の果てには外に女を作って出ていきましたからぁ……」

 夜の砂漠はかなり冷える。しかし今モニカたちの周りの空気が冷えている原因はそれではなかった。

「結局はぁ……父はアルコールの過剰摂取でぇ……体を悪くしてぇ……死んじゃったらしいんですけれどねぇ……まぁ……あんなクズ野郎はぁ……死んで当然ですよぉ……」

 カルヴィンの喉から乾いた笑い声が聞こえた。

「そうなんですね……それはとても辛かったですよね。励まし──と言ってはなんですが、実は私は両親の顔を知らないんですよ。生まれてすぐに孤児院の前に捨てられていたらしいんです」

 モニカは自身の重い過去を軽々とぶちまけた。声は嬉々としていて、まるで悲劇を自慢するようだった。

「それから貴族に養子としてとられたんですけれど、そこで虐められてましたね。食事抜きなんてザラにありましたよ。折檻と称して暴力も幾度となく振るわれてましたから」

 顔には不気味なほど無邪気な笑顔が張り付いて恐怖さえ覚えた。

「その証拠に──」

 モニカは左手を握ったり開いたりしてみせた。それはどこか動きがぎこちなかった。まるで油の切れたブリキのロボットのような挙動をしていた。

「──上手く握れないし、力もあまり入りませんから。それに──」

 続けてモニカは自身の右目の下を引っ張って、

「こっちの目はほとんど見えないんですよ。実質失明状態です。光が感知できるぐらいしか機能していませんよ」

 と同情を誘う声調で言った。

「あなたはまだ私よりも境遇はマシなんです。だからもっと頑張ってください。大切な家族を守ってくださいね」

 その言葉にカルヴィンの思考は停止した。弱々しい表情で内心困惑したように眉根を寄せて訝しげにモニカを凝視した。

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