砂漠の都 後編
通りにある適当な飲食店に入り、僕たちは昼食を摂った。
店にあるのは今にも壊れてしまいそうなほど古めかしい扇風機が一台あるだけで、冷房の類いは一切ない。だが建物と歩道に張ってある布のおかげで少しは涼しかった。
僕は硬めに焼き上げられたパンに塩胡椒を振って焼いた肉を挟んだものと、ナスチャ用に肉の単品料理を注文した。
ついでに飲み物は見慣れない果実がこれでもかと詰められたフルーツティーを頼んだ。
日陰に入ったこととナスチャを頭から下ろしたことにより噴き出していた汗は幾分か収まった。
注文した料理が届き、それを食べながら僕たちはたわいもない会話をした。
「そっちの任務ってどうだったんだ?」
そう僕が訊ねると、ヴェロニカが決意のこもった眼差しを僕に向けた。
「初任務で二体会敵してどちらも逃さずに殺したよ。そのあと港町で旅行客が神隠しに遭っているという情報が入って、派遣されたら案の定吸血鬼なのが分かって殺したかな」
と答え、それから顎に手を当てて唸りながら、
「あと……登山もしたかな。入山した人数と下山した人数が合わなくてインテリゲンツィアと共同で調査したよ。揃いも揃って登山客が無残な死を遂げているんだよね。そんで調べていくうちにやっぱりこっちも吸血鬼が原因だってのが分かった」
とヴェロニカは小さなため息をついて言った。
「インテリゲンツィアの職員を守ったことと、その元凶の吸血鬼を殺したことが評価されてわたしは見事昇進できたんだよ」
ヴェロニカは玩具を買ってもらった子供のように無邪気な笑顔を見せた。
「それはよかったな」
コクコクと頷いて返事をしたかと思えば、ヴェロニカは自身の過去を見つめるように視線が一点から動かなくなった。
「早くもっと上の階級に行きたいよ。そのためにはもっと努力しないといけない……」
ヴェロニカは独り言のように言葉を漏らした。
「……どうしてそこまで昇進にこだわるんだ?」
そう僕が訊ねると、
「階級が上がればレジスタンスから支給されるお金が増えるから。わたしは早くいっぱい稼いで家族に仕送りしないといけないからね」
ヴェロニカは冷たい飲み物が入ったグラスの縁を指でなぞった。その目が宿す感情はいつの日かの自分を見ているようだった。
「家族がいるのか。羨ましいな」
「お父さんと弟が三人、妹が四人いるよ」
「……お母さんは?」
僕がそれを訊ねた瞬間、起爆装置にパルスが送られたのが分かった。──地雷だった。
少なくない時間を人の顔色を伺って生きてきた僕はその手の動きには敏感なのだ。
ヴェロニカの纏う雰囲気が絶対零度に限りなく近い温度に下がる。
澆薄に嘲るように笑って、
「いないよ、そんなの」
と小さく言った。
「……ごめんな、変なこと訊いて」
ヴェロニカはなにも言わなかった。
その凍てつく気まずい空気を打破したのはモニカだった。
「家族に仕送りしてるなんてすごいじゃん、ヴェロニカ! 私には最初から家族なんていなかったからとっても羨ましいよ。守れるものがあるっていいね。私も欲しかったな……守れるもの」
起床直後に揚げ物を食べるに等しい重い話を、笑ったまま明るい声で軽々と言ってのけるモニカが、僕の目には名状しがたい悍ましいもののように映った。
──守れるものがあっても実際に守れないと意味はないよな。
そう考えた刹那、僕は心臓が獄卒に握られるような恐怖を感じた。一人の人物から背後から指を差され、白い目で見られるような感覚を覚えた。
──ごめんな。
僕の感覚の中で生きている背後にいる人物は僕に対してなにかを一方的に話している。だがノイズが含まれているようで話の内容を聞き取ることはできなかった。
──守れなくて。
自分の思考に苛まれることほどくだらないことはない。
僕は思考を停止させ、現実に強引に戻ってきた。
「あ! やっと気がついた」
モニカが僕の顔を見つめて、
「顔色は悪くないみたいだけれど、大丈夫? 体調は悪くない?」
と心配した。
「ああ、僕なら大丈夫だよ。この通り元気さ」
そう言って僕はサムズアップしてみせた。
「そっか。それならよかった。もし体調が悪くなったらここで休んでいてもいいんだよ?」
モニカは安堵し胸を撫で下ろした。
「これから任務じゃないか。だからひとときも休んでなんかいられないよ。僕は大丈夫。吸血鬼をバッタバッタと薙ぎ倒してみせるさ」
そう胸を張って力強く言うと、
「そっか、それなら心強いね」
と言ってモニカは嬉しそうに笑った。
「さて、昼食も済ませたし、そろそろ問題の砂漠に行くとしよう」
ヴェロニカの声で僕たちは会計を済ませて店を後にした。
先ほどの帽子の礼も兼ねてモニカの飲食代は僕とヴェロニカで支払った。二人で分けたとしても、額は僕とナスチャが食べた分の三倍はかかっていた。
──よく食べるやつだな。
財布が軽くなった僕と愉快な仲間たちで街にある砂漠に繋がる道を歩いていると、どこからか情けない声が聞こえてきた。




