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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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幼児性愛の狂気

 私は小さな村で生まれた。待望の第一子のようで、両親は大変喜んでいた。そして彼らは私に[ヴィクトリア]という名を与えた。

 溢れてしまいそうなほどたっぷりの愛情を注がれた私は五歳の誕生日を迎えた。

 私の家は決して裕福ではないから普段の食事はとても質素なものだったが、誕生日だけは違った。

 食卓に肉が並べられたのを覚えている。赤身の多い硬い肉だったが、それでも食べられるだけ幸せだった。

 家族の団欒はその日を境に跡形もなく消えた。

 出稼ぎで家を空けていた父は私の誕生日のためだけに家に帰ってきたが、再び出稼ぎに戻るために翌日の日の昇らぬ早朝に出発した。

「ママ、遊びにいってくるね」

 近所の友人と遊ぶ約束をしていた私は、誕生日プレゼントとしてもらったクマのぬいぐるみを持って遊びに出かけた。

「いってらっしゃい。気をつけるのよ」

 母の声を背中に私は村を駆けていった。


 それからの記憶はあまりない。──否。記憶は脳に存在するが、本能がそれを深層へと閉じ込めているから知ることはできない。

 幸いにも記憶がなくなっているおかげで心的外傷に苦しめられることはなかった。

 気がついたら声が出なくなっていた。その理由を母に訊ねても本当の答えは教えてくれなかった。母は決まって、『怪我しちゃったのよ』と言うばかりだ。

 気になって仕方がなかった私はある日、村にいる生き字引のような年老いた女性に訊ねた。

 女性は酸鼻を極めたような表情を浮かべ、それについて話してくれた。


「お家じゃないなんて珍しいな〜」

 約束していた雑木林近くの空き地で友人を待っていると、何者かが手で私の口を押さえた。その人は私が嗅いだことのある臭いを発している。

 そして軽々と抱きかかえると、林の中に連れ込んだ。

 私を土の上にそっと寝かせると、着ている洋服を乱暴に脱がせようとした。その人は全身真っ黒の服に目出し帽をつけており、誰かは分からなかった。分かったのは体格から男性ということだけだ。

 当然ながら私は洋服を脱がされないように抵抗するが、五歳が成人男性に力で勝てるはずもなく、身包みは剥がされた。

 なにをされるのかは分からないが、とにかくこれから嫌なことが起きるということだけは分かっている。

 足をバタバタと動かして逃げようと無駄な抵抗をしていると、偶然にも足の指が目出し帽に引っかかった。そしてそれが剥がされる。

 互いの間に短い沈黙が訪れた。

「……なんで?」

 私の瞳に映るのは約束をしていた友人だった。綺麗な顔立ちの好青年──ジョセフという名で、いつも私と遊んでくれる優しいお兄さんだ。

 私の唯一の友人が今、私を犯そうとしている。

「…………」

 ジョセフはなにも言わない。顔には僅かに罪悪感を滲ませている。だがそれよりも恍惚とした様子のほうが表層の多くを占めていた。

「いや……いや……いや……」

 私の声で現実を直視することとなったジョセフが上着のポケットから刃物を取り出した。そして首に宛てがった。

「誰にも言うなよ」

 目出し帽を取られ、顔を見られるという想定外の出来事に焦っているジョセフの手は震えている。

「言わない! 言わないからお家に帰して! ねぇ! お家帰る!」

 私は恐怖から大粒の涙をこぼした。

「──ダメだ」

 ジョセフは私の首の皮膚を切り裂いた。

 鋭い痛みが走る。脈打つたびに鮮血がほとばしり、体を汚した。そして私の絶叫が響き渡る。

 間髪入れずに下半身に、少しして腹部が膨張するような鈍痛を感じた。だがそれよりも首の切られた痛みのほうが圧倒的に強かったから、大した苦痛にはならなかった。


 騒ぎを聞きつけた村の大人たちが駆けつけた。その頃には既にジョセフは逃亡しており、捕まえることはできなかった。

 私はすぐさま診療所に担ぎ込まれて処置を受けた。しかしこのような田舎の小さな村に腕の良い医者はおらず、止血と最低限の縫合しかされなかった。

 ──この日、私は声を失った。


 それから数週間が経過した。首の傷もよくなって筆談や手話にも慣れてきた頃、ジョセフが死んだという噂を耳にした。

 それを聞いて私はとても悲しんだ。確かにジョセフは私を犯した唾棄すべき人物であるということは分かっている。しかし心のどこかではジョセフはそのようなことをしていないのではないのかと思っている。──すべて周りの人間による創作なのではないか。──私の首の傷も不注意による事故なのではないか。──ジョセフは怪我した私を助けるために服を脱がせたのではないか。

 そして私は疑心暗鬼に陥り、人を信じられなくなった。

 なにが真実か分からない。それに知る術は今の私にはないのだ。

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