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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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善良な後輩

 私はレジスタンス訓練施設の廊下を歩いている。手に持っているのは[Victoria]と刻印が施された祈りを込めた銀で作られたクレイモアだ。

 これまでに起きたことに対する感情のダムが決壊したが、私の涙腺は手術によって機能を果たさなくなったから泣くことはできない。

「……なんで……こんな……ときに……」

 壁に寄りかかって頭を押さえる。脳が膨張するような痛みが秒針が時を刻むかのように一定の間隔で走った。

「……なんで……」

 針が一本落ちた音も聞き取れそうなほど静かな、誰もいない空間で私は覚束ない足取りで壁にもたれかかると、そのままへたり込んだ。

 焦点が合わない。眼窩に埋め込まれた人工の眼球が必死にピントを合わせようと動くせいで吐き気を催す。

 口を押さえ、すぐさま目を閉じて吐き気の原因である映像を遮断した。

 真っ暗な空間で私はひとりぼっちになった。

「──! ──トリア! ヴィクトリア! 大丈夫ですか?」

 私を呼ぶ声──セシリアか。

 ゆっくりと目を開けてセシリアを視認する。視界は相変わらずモザイク処理が施されたように不鮮明だった。

「……だ……い……じょう……ぶ……」

 胃の内容物が込み上げるのを気合いで押さえ込み、

「……ときどき……起きる……視覚と……脳を……繋ぐところ……異常が起きる……仕方がない……少しすれば……元に戻る……から……」

 と中身が出ないように口を押さえたまま言って、ダンゴムシのようにうずくまった。

「大丈夫じゃないですよね、それ」

 セシリアは私を仰向けにすると手を首にかけさせ、膝の下に前腕を差し込んだ。

「掴まっていてくださいよ」

 そう言って私の体を持ち上げる。──いわゆるお姫様抱っこというものをされた。

 静かな廊下にセシリアの足音が響く。

「もうすぐ着きますからね」

「……いや……もう……だい……じょうぶ……だから……」

「無理しすぎるのはダメですよ。──ほら着きました」

 救護室に到着したようで、セシリアは私をそっとベッドに寝かせた。

「……ありがと……」

 ここで私の意識は闇へと引きずり込まれた。


 痛い。身体中が痛い。どこもかしこも痛いせいで体のどこが痛いのか分からない。それくらい色々なところが痛い。

 ──ああ、分かった。目だ。私は目が痛いんだ。

 目は開けているはずなのに景色はまったく見えない。

 私を何者かが抱きしめる。温かくていい匂いがする。それらの要素はとても安心するものだった。

 そう安心を得たのも束の間、風に吹かれた塵のようにそれは消えてなくなった。


 意識が覚醒した。ゆっくり目を開けると視界から解像度の低下や歪みなどはなくなっており、元通りの綺麗なものになっていた。そして吐き気も解消している。

「…………」

 しかし相変わらず鈍痛は頭から離れない。ぴったりとくっついているようだ。

 顔を手で拭うように触れ、大きく息を吸い込んだ。目一杯空気を肺に取り込んでからゆっくりと吐き出した。

「失礼します」

 私が起きたことに気づいたセシリアが仕切りのカーテンを開けて入ると、心配そうに顔を覗き込んだ。

 セシリアの頭の上に乗っている大きな鳥も眉をひそめるように心配しているように見えた。

「大丈夫ですか?」

「……うん……ありがと……」

 私は小さく頷いて答え、上体を起こした。そして気がつく。私が自分の首に触れると、あるはずのものがなくなっていたのだ。道理で涼しいわけだ。

「……ない……どこ……」

 首に巻かれていた深緑色のマフラーがなくなっている。あるのは発声のための機械が取り付けられたチョーカーだけだ。

 背筋を嫌な汗が伝う。

「ああ、これですか? 意識がなくなっていたようなので外したのですが……」

 セシリアが近くの机に置いてある畳まれたマフラー私にを渡した。

 お気に入りのマフラー。私の体の一部のようなマフラー。命と同等に大切なマフラー。

 私は受け取った深緑色のマフラーをチョーカーや口元を隠すように巻いた。

 ──やはりこれがないと落ち着かない。

 するとセシリアの頭の上に乗っている鳥が頭から飛び降りて、ベッドに座る私の足の上に乗った。

「おい、ナスチャ。ヴィクトリアに迷惑かけるなよ。お前はただでさえ重いんだから」

 鳥──ナスチャは私のお腹にもたれるようにしてすりすりしている。

 ──かわいい。

 ナスチャを撫でてあげると嬉しそうにこちらを見た。

 ──かわいい。

 安堵した私が、

「……ところで……どうして……セシリアは……あそこに……いたの……?」

 と訊ねた。訓練施設を出るには私が倒れた廊下を通る必要はないから疑問だったのだ。

「ああ、あれですか? ヴィクトリアに聞きたいことがあったので追いかけました。そうしたら……倒れていたので」

 セシリアは頬をぽりぽりと掻きながら答えた。

「……聞きたい……こと……? ……いいよ……なんでも……聞いて……できるだけ……答えて……あげる……から……」

 私はナスチャを撫でながら許可した。

「えっと……三つあるんですが、いいですか? ヴィクトリアは病み上がりのようですが……」

 セシリアは申し訳なさそうに言った。私はセシリアが比較的常識のある人間のようで安心した。

「……いいよ……それに……病み上がり……じゃない……すぐ……元に戻る……から……それで……質問は……?」


 セシリアの質問の内容は以下の通りだ。

 私の声帯、眼球について。

 私が常にマフラーを巻く理由。

 私が使う特異体の武器はハンマーなのにクレイモアを使いこなせた理由。


 私がこれらの質問に答えたあと、セシリアは非常に落ち込んでいた。それはもう、こちらが申し訳なく思うほどのものだった。

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