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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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許されるのならば 前編

 吸血鬼である私──エリザヴェータ・ヴォズネセンスカヤは人間を殺すことは絶対に致しません。私にとっては人間は、守るべき存在だと認識しております。

 これは罪滅ぼしなのです。私は六百年以上前ですが、大罪を犯してしまいました。この罪に時効はないのですが、誰一人として私を罰することはできません。私は形骸化した方法でさえ罪を償うことはできませんでした。

 いつの日かあの忌ま忌ましい男を殺してもなお私の贖罪は続きます。


 人間の頃の私は革命軍に所属する軍人でした。王権神授説をのたまう馬鹿な王を打倒すべく結成された組織で、その目的を阻むものであれば、親でさえ一切の躊躇なく殺してきました。そこに罪悪感など存在しません。

 手が幾千もの人々の血液で汚れ、殺人が作業になった頃でしょうか。ようやく王の殺害に成功しました。──厳密には我々は手を下してはいません。王が勝手に自害したのです。

 そして私が所属する革命軍が政権を握ったある日──隊は殲滅されました。私は隊長を務めておりましたが、部下は鏖殺されたのです。

 今でもこの日のことは夢に見ます。同志が奮闘するも、呆気なく殺されてしまいました。──レオン・ポートマンに。

 レオンは人間離れした身体能力を持ち、まるで未来を見ているかのように立ち回ったのです。故に我々の攻撃は一撃たりとも当たりませんでした。

 これがきっかけで革命軍は解散しました。

 私はひとりぼっちになってしまいました。そんな私を不憫に思ったとある貴族の方が、一人息子の護衛兼教育係として雇ってくださったのです。

 自分で言うのもなんですが、私は大抵のことは人並み以上にできる優秀な人間でした。学校に行ったことはなかったのですが、文字の読み書きはもちろん、本を読めば書いてあることは大体理解することができます。

 

 こうしてメイドと雇われ、忙しくも楽しい日々を過ごしていました。

 その貴族の方は早くに奥様を亡くしており、父子で暮らしていたようです。身の回りの世話のためのメイドは古株が何人かいましたが、どうにも子供の教育係だけはすぐに逃げ出してしまうそうです。

 働き始めてその理由はすぐに実感しました。坊ちゃんに勉強を教えようとするもすぐに逃げてしまうのです。しかし私は元軍人なので体力には自信があり、子供相手に後れを取ったりはしません。

 ある日は石を投げてこられましたが、私はそれをすべて避け、してはいけないと根気よく指導しました。

 そうやって私には勝てないことを本能へ刻むと、いつからか素直に机に向かうようになりました。

 坊ちゃんは私を母のように思慕してくださり、家族のような関係になったのです。嬉しくて嬉しくて仕方がありません。ようやく私にも弟以外の家族ができました。


 そんな幸せな日々は突然奪われました。

 坊ちゃんが街へ買い物に行きたいとおっしゃったので、私はお伴いたしました。

 途中、小洒落た雑貨店に寄り、貯めていたお小遣いで坊ちゃんは私に髪飾りを買ってくださったのです。それがどれほど喜ばしいことか、言葉で表現するのは難しいと思います。

 早速いただいた髪飾りをつけて買い物を続けました。

 黄昏時を過ぎた頃、街は突然騒々しくなったのです。

 私は坊ちゃんの手を掴み、周囲の状況を確認しました。どうやら人がなにかに襲われたようでした。このような賑わった街中ですので、動物だろうが人間だろうが簡単に捕まえられるでしょう。

 そう高を括ったことが間違いでした。

 私の前にあの忌ま忌ましい男が再び現れました。数年前の忘れもしないあの恐怖と憎悪が体の奥底から湧き出たのを感じ、すぐにでもレオンを殺すべく飛びかかりそうになるのを理性で抑え込みました。

 坊ちゃんの身を守ろうと隠しておいたナイフを取り出し、レオンに刃を向けて集中した。今なら分かるのですが、このナイフは祈りを込めた銀で作られたものではないので、レオンにはまったくダメージを与えることはできないのです。

 それでも私は立ち向かいました。正解は今すぐにでも坊ちゃんを担いででもこの場から逃げることですが、私はその選択をすることはできませんでした。

 レオンは私を値踏みするように全身を見て、

「──あの軍人か」

 と小さく言った。その声に一切の感情は感じられず、あるのは無だけでした。それは私の剥き出しの神経をヤスリで削るかのようにとてつもない恐怖を植え付けた。

 私はレオンに聞こえないような小声で、

「坊ちゃん、先に屋敷に戻っていてください」

 と言った。

「ダメだよ、エリザヴェータ。そんなことしたら……」

 坊ちゃんは目に大粒の涙を浮かべており、私は少し心が痛みました。

「私は大丈夫ですから。これでも昔は軍人で、とても強かったんですよ。だから大丈夫です」

 一拍置いて、

「──髪飾り、ありがとうございます」

 と言って私は坊ちゃんの背中をレオンのいるほうとは逆に押して、

「──逃げろ!」

 と叫んだ。

 私は間髪入れずにレオンとの間合いを詰めようと駆けた。私の命を代償に坊ちゃんが逃げるだけの時間を稼ごうと試みる。

 レオンは私の動きを読んで、手を黒色の触手に変形させて、私を通り過ぎて坊ちゃんの足を捕らえました。そして片足を切断した。

 石畳に鮮血が花を咲かせる。

 一瞬の間を置いて、坊ちゃんの絶叫が聞こえた。なにが起きたのか理解が追いつかず、私はレオンを見た。感情を殺した表情をしたレオンは殺戮の権化となり、触手で私の首を絞めた。

 当然ながら私は触手を避けようとしたが、それもすべて読まれており、逃げた先を捕らえられた。

 皮膚を切り、体内に触手が侵食していく。

 体が沸騰するような痛みを感じ、地面で無様にものたうち回ったのですが、この苦痛から解放されることはありませんでした。

 ここで意識が途切れました。


 次に目が覚めたとき、坊ちゃんが私の顔を心配そうに覗き込んでいました。ずっと泣いていたのか目を真っ赤に腫らしています。

 私は体を起こして坊ちゃんの体を確かめました。片足の膝から下がなくなっていること以外、異常は見られません。

 私は罪悪感に押し潰されそうでした。坊ちゃんに命に別状はないのですが、それでも片足を失わせてしまった。お守りすることができなかったのだ。

 これで私は解雇になるのだろう。せっかく家族が手に入ったのに、またすぐに失ってしまいます。

「どうしたの? エリザヴェータ」

 どうやら私は涙を流していたようで、坊ちゃんはハンカチを取り出して目元を拭ってくださりました。

「……申し訳ないです……あなたをお守りできな──」

 これ以上言葉を続けることはできませんでした。私の理性の回路が焼き切れてしまったのです。猛烈な空腹感に支配され、なんでもいいからとにかく胃に食べ物を入れたくて仕方がなかったのです。

 欲求を満たすべく行動する動物に成り果てた私は──。


 目の前に子供の誰だか判別できないほど惨たらしい死体がありました。眼窩を晒し、頭の中は空になっています。手足はちぎられ、腹からところどころかじられた臓器がこぼれ落ちていたのです。

 私は立ち尽くしていました。

 真っ白で汚れのないはずの病衣は赤く染まっており、強烈な鉄の臭いが嗅覚を刺激するのです。それはいつの日かの戦場を彷彿とさせました。手には血液がべったりと付着しています。


 そしてすべてを理解した。

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