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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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ネツァクの記憶 前編

 四方の壁は白く、汚れはなかった。天井に埋め込まれた蛍光灯は常に私を照らす。床には中心に向かって緩やかな傾斜があり、真ん中には排水溝が設置されている。そこには赤黒いものがこびりついていた。

 この部屋は防音対策がしてあるようで、外部の音は一切聞こえなかった。人間は音がないだけで気が狂うほど脆弱な生物だということを知った。

 そのような現実と乖離した空間に私は閉じ込められているのだ。

 金属の首輪がつけられており、それは鍵がないと取れない構造になっている。なので私はこれを自力で取ることはできない。

 時間の感覚はとうの昔に失った。ここに閉じ込められて一体どれほどの時間が経ったのだろうか。

 今の私に知る術はない。

 思い出すだけでも嫌な事件だった。


 家族団欒の時間にそれは起きた。

 上下黒のスーツを着た二十代ほどの成人男性が数人、家に乗り込んできたのだ。揃いも揃って武装している。全員が同じ種類の見慣れない形をした白い銃のようなものを持っていた。私の父が対抗しようと近くにあった箒で対抗すると、彼らは私の家族を容赦なく殺した。

 白い銃からはレーザーが発射され、人体は簡単に溶断されていった。

 母も妹も弟も──全員だ。家族で唯一生存の可能性があるのは、出稼ぎのために家を留守にしていた兄ぐらいだ。

 彼らは私以外を生かしてはくれなかった。今さっきまで共に笑っていた家族の死を呆然と眺める私を拘束すると、彼らは正体不明の液体を注射した。


 意識を失い、目が覚めたらこの場所にいたのだ。

 ここでは餓死しない程度の食事は与えられる。毎回同じ味、量のゼリー飲料で、もう飽きた。だがこれを食べなければ餓死してしまう。

 私は生きてここを出るという目標がある。兄に別れを告げていないから、まだ死ぬことはできない。

 どれほどの時間が経ったのかは分からないが、この部屋にある唯一の出入り口が静かに開いた。

 忌ま忌ましい上下黒のスーツ男が食事を持ってきた。

 それを受け取って食べ終わると、突然異常な睡魔に襲われた。今までにこのようなことはなかった。

 朦朧とする意識の中、私は床に倒れ込んだ。


 次に目を覚ましたとき、私は絶叫した。

 手術台に寝かされた私の体は強固な鎖で拘束されており、逃げることはできなかった。

 彼らは私を興味深く観察している。まるで私が実験に使われているモルモットであるかのように。

 激痛が私を襲う。麻酔もなしに体内をかき混ぜられるような、想像を絶する痛みが断続的に与えられた。

 下半身を生温かいものが伝う。

 拘束されていても動かせる四肢の末端で僅かな抵抗をする。だがそれは無意味な抵抗だった。

 叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

 痛みから逃れようと本能で叫んだ。だが彼らはまったく気にも留めない。それどころか私の状態に関心しているようだ。

 とうとう痛みに耐え切れなくなった脳は神経の伝達を遮断した。意識を失うことで痛みから解放される。

 しかしそれも一瞬で終わった。

 水をかけられ、微量の電流を流され、無理やり意識を覚醒させた。

 終わりのない地獄。彼らが飽きるまで、これは終わらない。彼らの望む結果が出るまで私は苦しみ続ける。

 私がショック死するのが先か、データが得られるのが先か。──考えるのはやめよう。

 私はそっと目を閉じて全身を支配する激痛と戦った。


 もう何度目の実験だろうか。今日も同じように拘束され、苦痛を与えられる。相変わらず痛いことに変わりはないが、最近は慣れてきた。それを見て彼らは私に新たな薬を投与した。

 これまで以上の痛みに悶え苦しんだ。それは脳をピンセットで少しずつちぎっていくようなものだった。体になにかが触れるたびに脳へと情報が伝達され、激痛が走る。

 それで私の記憶は消えていた。


 気がついたら私は真夜中の森にいた。薄い水色の病衣は乾燥して赤黒くなった血液で汚れている。体のあちこちに重度の火傷の跡があり、見た目が悪かった。手にも痛みを感じた私はそれを確認すると、骨折しているようで真っ赤に腫れて風船のようにパンパンに膨れ上がっている。

 ──ここはどこだろうか。

 空を見上げる。綺麗な満月が見えた。それは煌々と輝いて私を照らす。

 涙がこぼれる。あの日も今日のように美しい満月の夜だった。

 一拍置いて、私の体を猛烈な疲労感が襲った。全身に鉛をくくりつけられたかのように、もしくは私にかかる重力が何倍にもなったかのように、体が急に重くなった。

 立っていられずに私は地面に倒れ込んだ。顔面に土がついて不快だったので、仰向けになって再び夜空を見上げた。

 今度は煌々と輝く星々に注目した。人工の明かりは一つもない、空気の綺麗な森だからこそ、普段は見えないような星も綺麗に見えた。

 見とれていると、一人の男性が私の顔を覗き込んで、

「大丈夫かい?」

 と声をかけた。

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