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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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イェソドの記憶 後編

 僕は人里離れた土地に建てられた家を拠点とした。そこはもう何年も人は住んでいないようで、廃墟と化していた。

 そこで僕は日中は黒い分厚い布で窓を覆い、日光を遮った暗い部屋で小説を書いて過ごしていた。日が暮れると、僕が教祖の宗教の集会を開いた。

 そして僕は集まった信者に自殺願望を植え付ける。心に盛られた土に死の種を蒔き、時間をかけて育てていった。時期を見計らい、植物が成長しきると一人、また一人と殺しては食べているのだ。

 それだけでは食料は到底足りないので、集会を開かない日は街に繰り出した。そして陰鬱な思いで闇を体に纏わせた人間を探したのだ。見つけることは実に簡単だった。なぜなら臭いが違ったから。

 死臭に近い嫌な臭いを漂わせており、放っておいたら、遠くないうちに死ぬことが予想できた。

 そういう人にのみ話しかけ、悩みを聞いて、あたかもその人の救世主のように振る舞った。そして家に連れ込むと睡眠薬入りのコーヒーを飲ませ、眠ったことを確認してから殺した。

 こうしたことには理由がある。──これは僕なりの慈悲だった。

 今すぐに死ななければならない人間ではなく、かといって自殺願望があるわけでもないので、殺して食べてしまうのは気が引けたのだ。

 ──僕は人を殺すことは好まない。

 代わり映えのしない日々を過ごしていたある日、驚くようなことが起きた。

 この頃には数多の人間を食べてきたおかげで異能が発現し、日光を浴びても、普通に活動する分には問題は無くなっていた。

 僕の元に一通の手紙が届いた。差出人は出版社の人間で、僕の作品を書籍化するという話だった。

 体に羽が生えたかのように飛んで喜んだ。ずっと前からある夢を叶えられそうなのだ。これのためだけに人を食べなければ満たせない飢渇のある、不便な吸血鬼となったと言っても過言ではない。


 それから僕の生活は一変した。書籍となって市場に出回った僕の作品は幾多の人間に読まれた。皆が僕の作った小説の世界を旅をするのだ。その喜びがどれほどのものか、言葉で説明するのは難しい。

 これ以降も続々と僕の作品は読まれた。そのうちのいくつかは教育に使われる教科書に掲載され、僕は知名な小説家になったのだ。

 夢は叶った。だからもう生きる必要はない。──これ以上人を殺して食べたくはなかったのだ。

 だが、ここまで強くなっては日光を浴びても死ぬことはないし、他の手段での自殺もできないのだ。

 首を切断してもすぐに治ってしまう。餓死しようとして絶食しても、極限状態になると本能が体を操って見境なく人間を襲って食い殺し、空腹を満たした。なのでこの方法も失敗に終わった。

 無駄に人間を食べて生き延び、死ぬ方法を模索して苦悩していると、再び僕の前にレオンが現れた。

 レオンは僕を直属の部下にすると言って、黒い液体を体内を侵した。

 二度と味わいたくなかった感覚に僕は悶え苦しんだ。この苦痛からなかなか解放されず発狂すると、理性は消し飛んだ。知性のない獣となってレオンに襲いかかった。

 飛びかかり、首を狙って薙ぎ払うが、レオンは予知したかのようにそれを軽く受け流した。そして神速で反撃の膝蹴りを回避の隙を与えずに顎に入れた。硬いものが割れる音が静寂な空間に響く。

 僕は脳震盪を起こして床に倒れ込んだ。望まぬ形ではあるが、苦痛からは解放されたので良しとしよう。

 目が覚めたとき、レオンは部屋にあった椅子に足を組んで座っていた。僕はうつ伏せのままレオンを睨む。

「もう少し希望を与えていたら君はそこで爆発四散して死んでいただろうね。どうだい? 私の調整は上手いものだろう?」

 レオンは目を細めて悪趣味かつ侮蔑的な笑みを浮かべ、くつくつと喉を鳴らして笑った。

 僕は体を起こそうと手を突いて上体を持ち上げようとするが、自分にかかる重力が何十倍にもなったかのように体が重く感じられ、すぐにうつ伏せへと戻ってしまった。

「まだ体は完全には順応していない。だから動くことはお勧めしないよ。あまり細胞を酷使してはいけない。壊れてしまうから」

 レオンは僕に同情の視線を送るが、

「誰のせいだと思っているんですか?」

 と語気を強めて言って凄むが、レオンは、

「少なくとも私のせいではないよ。これは希望によって起きたことだからね」

 と飄々とした態度で言ってのけた。

 僕は唾棄した反抗的な表情を見せると、レオンは途端に顔からありとあらゆる感情が消え去り、指を一度鳴らした。

 刹那、黒い棘が床から生えて体を貫いた。おびただしい出血によって辺りを汚した。

「今日から私は君の上司なのだよ。だから私の命令にはすべて『はい』か『イエス』で答えること。──いいね?」

 この空間よりも冷たい声でレオンは念を押した。同時に棘が抜かれ、僕の体は受け身も取れずに床に落ちた。

「……はい」

 僕が渋々答えると、

「これからは反抗的な態度をとるたびに懲罰するからね」

 と言ってレオンは手を黒く変色させると、触手となったもので僕の首を絞めた。それは悪魔のように優しいもので、出血することなく苦しみだけを与えた。

 意識を失うことなく解放された僕は、今度は黒い触手によって操り人形となって片膝をつかされた。

「さて、そろそろ本題に入ろうか」

 レオンは手を元の状態に戻して言った。

「君にはあるものを探してほしいのだよ」

 レオンが欲するものは、『現実改変能力』というものだった。僕はそれの使い道を知りたかったが、レオンの表情から、これは聞いてはならないものだということを察したので断念した。

 それから僕はレオンの指示で動くことになった。不本意だが、彼は僕の前に『死』というニンジンを吊るしたものだから、従わざるを得なかった。

 僕はレジスタンスの人間を何人も死なせたし、インテリゲンツィアの施設にも侵入した。当然妨害されるが、そこの職員を片っ端から異能の世界へと閉じ込めて死なせた。

 こうして目的達成のために奔走していた。

 安全な死を求めて──誰も不本意な死を遂げないように努力した。


 だが、現実改変能力は見つからないし、僕の願いも潰えた。


「……ごめんなさい」


 僕はこの世から消え去った。

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