意思を継いで 後編
僕は取ったアンジェラの手に、一層力を込めた。それこそ骨を折るつもりで握りしめる。
「……アンジェラ、白々しいですよ。いい加減にしてください、そんな見え透いた嘘をついたって……」
「ああ、バレていましたか。私はあなたを馬鹿か阿呆の類だと思っていましたが、どうやら違うようですね」
アンジェラは白い歯を見せて不敵に笑い、目を細めた。後悔と憎悪に満ちた目で僕を見据える。
「ああ、そうだとも。僕はあなたが思っているほど馬鹿じゃあないです」
僕はアンジェラよりも背が高いから、彼女の上方から圧力をかけるように凄むが、まるで利きはしない。
「伊達にホロコーストまで昇進したわけではない、ってことですか。それならば、賢いセシリアは私の思いも知っていますよね?」
余裕といった、普段とまるで変わらない表情で僕の顔を見上げる。
「……悪いが僕はあなたじゃあないから、なにを思っているのかなんて分かるわけがないですよね」
──ずっとこの顔だからなにを思っているかなんて絶対に読めるわけないだろ。というか、そもそも読ませる気がないじゃないか。
「それは残念です」
哀れみながらも確実に見下したような目つきで僕を値踏みするようにつま先から頭のてっぺんまでを順に見る。
「ああ、僕も大変残念だと思いますよ。言葉にしないと他人に理解されないという事実を知らないあなたが。哀れで仕方がないが、あいにくあなたに差し上げる慈悲はないですから、諦めてください」
僕はズボンの横にあるポケットをひっくり返してみせた。埃や糸くずが出てきては風に吹かれ、飛ばされていく。
「ならば全部……全部言ってやりますよ」
アンジェラは肩を震わせて、絞り出すように言葉を発した。
「それは非常にありがたい。できるんなら最初からそうしてくださいよ。面倒くさいじゃないですか」
僕がわざと煽るように嘲笑して言うと、アンジェラは歯ぎしりをしながら忌ま忌ましそうにこちらを見据える。
「…………なんでエスターが死んで、あなたがのうのうと生きているんですか! なんでエスターに支給されていたはずの分裂阻害薬がなくなっていたんですか! なんでよりにもよって応援で来たのがあなたなんですか! もっと強い──それこそホロコースト部隊やアルファ部隊から派遣されなかったんですか! そうしたらエスターは死なずに済んだかもしれないのに……前線から退かせられたかもしれないのに……なんで……なんで……なんで……」
腹の底から声を出していたが、後半になるにつれて勢いは下がっていき、膝から崩れ落ちると、やがて壊れたラジオか薬物中毒者のうわ言のように同じ言葉を繰り返すだけとなった。それを僕は神にでもなったような圧倒的に優位な立場にいる気分で俯瞰する。
「アンジェラ、死んだ人間のことを考えるのはやめませんか? そのような行為には一銭の価値もありませんよ? 僕だってもう既に大切なものは失ったも同然……しかもこの手で殺すことを強いられているんです。それがどれだけ苦しいことか……」
僕は俯いているアンジェラの顔を上げさせようと手を伸ばす。それが叩くように払われ、空気が凍りついた。
一瞬の間を置いて、アンジェラがしゃがんだまま片足を伸ばし、もう片方の足を軸に横回転をかけて足払いを入れる。咄嗟に跳躍して宙へと逃げた僕だったが、そこを狙われた。
空中で即座に方向転換できない僕の胴体にラリアットが決まる。内臓が圧迫されながら抉り取られるような鈍痛と共に後方に吹っ飛んだ。受け身を取ってどうにか頭を守ったが、体勢を整える前にさらに追撃された。
アンジェラはコートの菱形の模様を指でなぞり、複数の短剣を生み出すと、容赦なく僕めがけて投擲した。
回避はできないから前腕で顔を覆うことで致命傷は避けられたが、前腕には深々と刺さり、剣先がこちら側に達しているものもあった。傷口から生温かいものが流れ出て、皮膚を伝うのを感じた。
「アンジェラ! 隊内での暴力行為は禁止されていますよ! 一体、どうしたって言うんですか!」
吠えるように言うが、まるでアンジェラの耳には入っていない。あたかも僕とアンジェラの間の空気が消失して真空になっているかのようだった。
僕の腕に突き刺さっていた短剣が自我を持ったかのように中でもぞもぞと動き出し、傷を抉りながら抜けた。そして宙を浮遊しながら僕へと狙いを定める。
「アンジェラ! いい加減にしろ! 正気に戻れ! 僕に当たったところでなんにも変わらないだろう!」
アンジェラの猟犬のように鋭い眼光が僕を捕らえて離さない。
「……お前がその気ならば受けて立つ」
僕は背中にあるクレイモアに手をかけた。比較的近距離を得意とする飛び道具に最も適した間合いだったが、この程度の距離ならば一瞬で詰められるから問題ない。それに加えてこちらにはクレイモアを抜くというアクションが攻撃の前にあるから、間合いを詰めるのに、この距離はちょうど良いとさえ言える。
──脚の一本でも切り落として戦意を削ぐか。同化しているんだ、後遺症にはならない──やれ。
僕は姿勢を低くして飛翔する短剣をいつでも回避できるようにすると、床を蹴った。コンクリートに靴底をめり込ませ、放射状に亀裂を入れながら弾丸のように飛びかかる。その際、クレイモアを抜き、剣身を前に掲げて盾の代わりとした。
予想通りアンジェラは短剣を操り、一斉にこちらに飛ばしてきた。
──想定内だ、全部打ち返してやる。
手首を捻り、タイミングよくクレイモアを回して短剣を弾き返していくが、物理法則を完全に無視した動きで再びこちらに飛んでくる。こちらが加えた運動はまるで意味がないかのように宙で停止するという挙動を見せたのだ。
叩き切ろうとクレイモアを構えて間合いを詰めるも、アンジェラは後方に跳躍し、再び距離を置かれた。
アンジェラが指先を動かして短剣の軌道を操る。
──ああ、クソ。面倒だな、これ!
切りつけるべく再度接近する最中で僕は腹部に集中し、理想を思い描いた。
──陰、アンジェラの腕をくっ付けられる綺麗な断面になるように切り落としてくれ。
そう祈ると、腹部の青色の模様は生命が吹き込まれたように蠢き、空間を切り裂くように飛び出した。それは二つに裂けてアンジェラの両肩を捕らえて勢いよく巻きつくと、捥ぎ取るように切断した。取れた両腕が真紅の花弁を散らしながら宙を舞う。
アンジェラの耳をつんざくような絶叫を聞いたのと同時に、僕の後頭部に鈍痛が走り、意識が刈り取られた。




