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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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意志を継いで 中編

 たわいのない会話をしていると、シェリルの膝の上で寝息を立てていたアンジェラが目を覚ました。眠気まなこをこすりながら上体を起こす。

「…………」

 アンジェラの目は大変腫れぼったくなっており、随分と泣いたのが窺える。いつ何時でも崩すことのない笑みはそこになく、恐怖と不安を滲ませた幼子のような顔つきをしていた。

「……おはようございます……アンジェラ……ところで……その……大丈夫ですか……?」

 歯切れの悪い口ぶりで僕が口上を述べると、アンジェラは呆然と言った様子でパチパチと数回瞬きしては、

「はい、大丈夫ですよ」

 とまた普段通りの感情を読ませない微笑を浮かべて答えた。その切り替えの速さには驚くばかりだ。

「……シェリル、少しセシリアをお借りしてもいいですか?」

「どうぞどうぞ。もう話は終わったから、返さなくていいわよ」

「ありがとうございます」

 軽く会釈をしてからアンジェラは立ち上がり、対面に座る僕の手を引っ張って立ち上がらせると、シェリルの執務室を後にした。

 階段を登り、アンジェラはぽつんと一つだけある扉を開けた。そこは屋上に繋がっている扉だ。

「アンジェラ? アンジェラ? 一体どこに連れて行くんですか? あ、ちょっと! 無視しないでくださいよ!」

 レジスタンス本部の屋上へと連れて行かれる過程において、どれだけ僕が訊ねようとも、アンジェラはうんともすんとも言わず、ただ僕の手を掴む手に力を込めるばかりだった。

 屋上に出ると、アンジェラは僕の手を離して、一人で端にある転落防止柵にもたれかかった。そして腰にあるポーチからタバコを取り出して咥えた。薄っすらと桃色に染まった潤いのある唇が酷く儚く見えた。

「危ないですから、柵にもたれないでくださいよ、アンジェラ」

 屋上だけあって風はかなり強く吹いており、僕たちが羽織っているコートがはためいた。

「…………」

 聞こえているのかいないのか分からない様子でアンジェラは僕を一瞥すると、手で風を避けながらオイルライターで火をつけた。

 紫煙が立ち昇る。

 アンジェラはもったいぶるように煙をゆっくりと吐き出しながら、手にあるタバコへと視線を落とした。

「……セシリア、こちらに来てください」

 ぼそりと風に掻き消されてしまいそうなほど小さく言ったが、それを自慢の聴力で聞き取った僕は、アンジェラ近くへと歩いて行った。向かい合うように立つと、

「違う……もっと近くに来てくださいよ」

 と震えた声で言った。だから僕は言われた通りに近づくと、流れるような手つきで僕の腰に手を回して抱き寄せた。

「うわっ、アンジェラ? 突然どうしたんですか?」

「…………」

 突然の出来事に思考が追いつかない僕をよそに、アンジェラは抱きついて離れない。

「アンジェラ? ねえ、アンジェラってば! 聞いているんですか? ちょっと! ねえ!」

「…………」

 背骨が折れてしまいそうなほど、そして肺が押し潰されそうなほど強く抱きしめられる。

「アンジェラ! アンジェラ! 背中ぁ! 骨ぇ! 痛いですって! 離してくださいよ!」

「…………」

 しかしアンジェラは離す気配がない。僕に抱きついたまま、肩を震わせて泣いていた。さすがに僕も無下に扱うことはできず、

「……分かりました、分かりましたよ、もう! 好きにしてください」

 と素直に身を差し出すことにした。するとそれ幸いにとアンジェラはずっとくっついたままでいる。

 ──エスターが死んでからもう二ヶ月くらい経っているけれど、まだ全然立ち直れていないのか……まあ、確かに、最初に会ったときから随分と仲が良いとは思っていたけれども……。

 アンジェラは時折嗚咽を漏らすだけで言葉はなに一つ発しない。だから僕もなにも言わずにただ彼女の頭を撫でる。

 火はフィルターまで到達し、やがて消えた。

 それからしばらくして、ようやくアンジェラは僕から離れた。真っ赤になった目元を手でこすって涙を拭い取ると、

「話をしましょうか」

 と柔らかな笑みを浮かべて言った。


「……ねえ、セシリア? あなた、ホロコーストに昇進するんですよね、おめでとうございます」

「えっと……まあ……そうですね。シェリルに勝手に推薦されて……拒否権はないって言われて、半ば強制的な形ではありますが……」

 眉を下げて困惑した表情で言ってみせると、アンジェラは口元を隠しながらクスクスと笑った。

「いかにもシェリルらしいやり方ですね。私も数年関わっていますが、本当に無茶苦茶な人間ですよ、彼女は。きっとその人間性は一生涯、変わらないんでしょうね。頭が痛くなります」

 アンジェラはわざとらしく額を押さえて言った。

「脳のどこかを弄れば、もしかしたら治るかもしれないですよ? 僕は絶対にやりませんけれど」

「私だってやりたくないですよ、そんな危険なことは。返り討ちにされるのが目に見えていますからね」

「……誰かを焚きつけてやらせるしかないですかね。アンジェラ、誰かいい人知っていますか?」

「あいにく、そのような都合のいい人間を私は知りませんよ」

「うーん、残念!」

 少しオーバーなリアクションで落胆を表現すると、アンジェラもそれに乗った反応をしてくれた。それがどうにもおかしくて、僕たちは腹を抱えて笑った。

「……とても頼りにしていますよ、セシリア。これからもよろしくお願いしますね」

 アンジェラがこちらに手を差し出した。僕はその手を取り、力を込めた。

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