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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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意思を継いで 前編

 晴れてインテリゲンツィアから解放された僕は、シェリルに呼び出されたため、彼女の執務室へと足を運んだ。

 扉を叩いて、

「セシリア・フォスターです」

 と名乗ると中から、

『どうぞどうぞー』

 と間の抜けた返事が聞こえてきた。そっと扉を開けると、中には来客用のソファに腰かけているシェリルと、そのシェリルの脚で膝枕をしてはすやすやと穏やかな寝息を立てているアンジェラがいた。目元から雫が垂れ、シェリルのパンツにシミを作った。

 ──うわぁ、アンジェラってこういうことするんだ……いつも笑顔で余裕綽々といった様子をたったの一片も崩しはしないのに……やっぱりエスターが亡くなったのがそんなにショックだったのか……?

 僕の反応を察してか、シェリルはアンジェラの頭を猫を愛でるように優しく撫でながら、

「この子のことは気にしないで、そこに座りなさいよ。今日は少し話が長くなりそうだから」

 と促した。

 僕がソファに座るや否や、

「じゃあまずは今つけているデルタ部隊の腕章を取りなさい」

 と指示した。収容中に送られてきた手紙の内容を思い出し、僕は首を傾げながら訝しげに、

「えっと……それは……その……そういうことなんですか?」

 と訊ねた。シェリルの手紙は僕を励ますための冗談で、自分がホロコーストに特進するなど夢にも思っていなかったからだ。

「そうよ。手紙に書いていたでしょう? あなたをホロコーストに推薦しておくって」

「いやまあ、それは知っていますよ。ですが……そこに僕の意思は関与しないんですか? まだ僕は返事していませんよ」

 眉をひそめて取り調べするようにシェリルの顔を覗き込むが、

「手紙にも書いたけれど、あなたの意思は関係ないわ。だって私が決めたことだもの」

 とパワーハラスメントさながらの返しをされた。

 ──この人、なんでもありかよ。僕だってホロコーストに昇進できるのは嬉しいけれど、その分責任がのしかかるじゃないか。下の隊員を守らないとならなくなるのは御免だ。そのような形で巻き込まれて命を落としたくはないんだよ。

 困惑している僕をよそに、シェリルは続ける。

「それに──あなたはホロコーストに所属したくないのかしら? 発言権や権力は得られるし、支払われる給料だって桁違いに良いのよ?」

「……僕が権力や金で釣られると思っているんですか、あなたは」

「釣られないことなんてずっと前から知っているわよ。本命があるに決まっているでしょう?」

「なんですか、それは」

「ふふん。では教えてあげよう! それはね──」

 シェリルはもったいぶるように間を置いて、

「──上層セフィラに会えるわ」

 と続けた。僕の心中を覗き込むように目を細めてこちらを注視する。あたかも僕の思っていることのすべてを把握しているようで、畏敬の念を抱いた。

 上層は普段、あまり表には出てこない。ホロコースト含む隊員を屠っては瞬く間に姿をくらますから、未だに追跡できておらず、会うこと自体が難しい。それでもって非常に強いから、一対一での勝ち目は、ホロコーストでさえない。その証拠に数百年の間、上層セフィラの顔触れは変わっていないらしい。

「……それって……その……ヴィオラ…………ダアトも……含まれるんです……か……?」

 そこがなによりも重要だ。吸血鬼を人間に戻す手段は未だに発見されていないから、また昔みたいに一緒に暮らすなどという平和は絶対に訪れない。しかしもう一度会うくらいならば望めるのではないだろうか。

 僕の問いに対してシェリルは柔和に笑って、

「ええ、もちろんよ。百パーセントに限りなく近い確率で、近々襲撃しに来るに違いないわ」

 と肯定した。あまりにも確信を持っているかのような口ぶりに気圧されながらも、

「なぜそう言えるんですか?」

 と訊ねた。するとシェリルはまたしても目を細めて──しかしながら先ほどとは異なった、鋭い目つきをして質問で返した。

「……あなた、おかしいと思わない?」

「なにがですか?」

「こんなにも短期間のうちにセフィラが現れては消えていっている。それも下層だけじゃない、中層まで出てきたのよ。こんなこと、今まで──それこそ文献が残っているここ二、三百年には見られなかったわ。それに……それだけじゃない──」

 シェリルは一呼吸置いて、眉間を押さえながら苦悶の表情を浮かべて唸り、続ける。

「──あなたの遭遇率が異常なのよ。最初に会ったマルクト、それから飛行船でのイェソドとホド、それから明確にあなた狙いだったネツァク、それでもって遠征先でまたマルクトに……アンジェラ救出でエスターに選ばれてはティファレトと戦って……最後のを除いても、絶対になにか裏があるって思わない?」

「……なんか……その……すごい心当たりがあります、そうなる原因が」

「聞かせてちょうだい」

「……入隊直後に僕が銀の弾丸を拝借したことがありましたよね」

「あったわね。なに、また始末書を書きたいの?」

「いや、もういいですよ、あの地獄は。──話を戻して、僕はあれでレオンを殺害しようとしたじゃないですか。結局、それは未遂でしたが、それを根に持って、部下を僕にぶつけているのかと……色々な方々のおかげですべて返り討ちにできていますが、このまま行くとまた刺客を差し向けられることになるかと……」

 シェリルはサキュバスのように魅惑的ながらも不敵に口角を上げて、喉をくつくつと鳴らして笑った。

「…………面白い、実に面白いわ。あなたにくっついていれば、他のセフィラも──それこそレオンまでも引きずり出せそうね」

「……はい」

 ──もしも僕の考えが正しければ、これからも僕はセフィラと会敵することになる。それも今までよりもずっと強い個体と、だ。しかしそうなると、居合わせた部下や市民を守らなければならない。そんなのクソくらえだ。

「そうと決まれば、セシリア、早速だけれどホロコーストとしてあくせく働きなさいよ。そちらのほうが色々と都合が良いのよ。あなたは魅力的な餌付きの釣り針、精々大きな獲物を捕まえなさいよ。──返事は?」

「……はい」

 こうして有無を言わさず僕はホロコーストに昇進することとなった。

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