休暇の押し売り
「ナスチャー、ナスチャー、暇だー! 助けてくれー」
僕の声が虚しく病室に響き、やがて消えた。相棒であるナスチャを呼ぶが、当然ながら来るはずもなく、僕がひとりぼっちであるという事実に変化はない。
僕は今、インテリゲンツィア管轄の病院の個室に強制的に収容されている。それも一般的に想像されるであろう病室ではなく、限りなく監獄に近い、人権なんてものは存在しないと言わんばかりの部屋だ。コンクリート打ちっ放しで、窓はなく、空間には最低限の硬いベッドと開放的なトイレ、洗面台と壁掛け時計があるだけだ。しかし腹立たしいことに一丁前に空間の四方には監視カメラが設置されている。
「暇すぎて死にそう……いや、本当マジで。隔離するんならもっとマシな環境をよこせっての」
このように収容されたのは少しわけがある。もちろん収容される前にインテリゲンツィアの職員から説明は受けたが、到底納得できるものではなかった。
遡ること一ヶ月前のこと──僕はエスターと共にアンジェラの救出及びティファレトの打倒という任務を遂行した。その際に僕が同化による暴走を発生させたらしく、経過観察のために今、このように収容されている。暴走に関してはナスチャに教えてもらっただけで、そのときの記憶はぽっかりと穴が空いているように欠落しているせいで、職員に説明されてもいまいち現実味がない。だから僕が現状を不服に思うことは当然のことだろう。
──そんなこと言われたって仕方ないだろ! 僕だって好き好んで暴走したんじゃないんだって!
僕は暇のあまりに気が狂いそうだったから、それを紛らわせるために収容直後に届いた手紙に再度目を通した。消印は収容後一週間ほど経過した日付で、送り主はシェリル、それでもって封筒には当然のように『Censored』と赤色の判が押されている。
僕は内容を読み返すたびにため息を漏らす。
親愛なる同志セシリアへ。暴走との報告を受けて、インテリゲンツィアに収容されたようだけれど、体の調子はどうかしら? きっと確保直後はまったく動けなかったのでしょうけれど、今なら少しは良くなったでしょう? だから病院食がまずいに不満が出てくる頃じゃないかしら。でもごめんなさいね、今回は私の力を持ってしても塩は差し入れられそうにないのよ。それだけ重大なことであると理解してほしいわ。だけれど経験からおそらく二ヶ月も経てば出られると思うから、これは少し長めの休暇と思ってありがたく享受なさい。
ところでエスターが死亡したのは知っているわね? それによってホロコーストのポストが一つ空いたのよ。だから私はあなたを推薦したい。もちろん拒否権はないわ。私の意見は絶対よ。だから出てきたらあなたは晴れてホロコーストへの出世を果たすことになるわ。よって、収容中に体が鈍らないようにトレーニングは欠かさないこと。いいわね?
僕はベッドの上でコロコロ転がって過剰に供給された暇を消費する。
「いい加減、そろそろお見舞いとかないのかよ……いやさあ、隔離するために収容されているのは分かってるよ? でもさぁ……少しくらい……せめてフルーツの詰め合わせとかの差し入れとかをしてくれてもいいだろ! 毎食毎食味のしない美味しくないご飯で、いい加減飽きたっての! 一体僕は何を希望に生きればいいんだよ!」
僕はため息をついた。うつ伏せで枕に顔を埋めて足をバタバタと動かす。
「誰か知り合い……来てくれないかなぁ……」
すると病室の扉が叩かれた。
『入りますよ』
「あ、はーい」
上下黒色のパンツスーツを美麗に着こなして青色に白抜きでBと記された腕章を付けた、インテリゲンツィアの職員が入ってきた。右の耳たぶでは銀色のピアスが光り輝いている。
「久しぶりですね、セシリア」
深緑色の髪を揺らしながらこちらに近づいてくる。
「ノエル! えっ、なんでここに?」
「セシリアが収容されたって……シェリルに聞いて──」
ノエルは腕章をちょいちょいと引っ張って僕に見えるようにして、
「──職権乱用して来ちゃいました」
と続けた。
「えっ……解雇にならなかったのか? 僕はてっきりあのとき……」
「ミストが脱走して、私もろとも兄と一緒に撃ち抜けってシェリルに説得されたときのことですか?」
「そうそう、そのときだよ。こんな騒動を起こした以上、スタッフ・ノエルの席は奪われる──って」
「ああ、あれはですね……シェリルの方便でした。……でもあの顔は……本当にさせようとしていましたね」
「うん、だろうな。シェリルは血液の代わりに液体窒素が循環してるのかってぐらいには冷酷な人間だと思うよ」
空間に二人の乾いた笑い声が響く。
「ところでどうしてまたこんなところに来たんだ? いくら僕がここに収容されているからって、なにも顔を出しに来なくたって……そっちだって色々と忙しいんだろう? それに…………」
僕はノエルから視線を逸らした。今の僕には、彼女の顔を直視することはできなかった。
──いくら吸血鬼だったとはいえ、僕は君の兄を殺そうとしたんだ。……もし僕が君の立場であったならば、絶対に許しはしないだろうよ。
「なんですか? セシリアは私の顔なんて見たくないって言うんですか? 心外ですよ、まったく……」
ノエルは僕の顔を覗き込み、頬を膨らませながら腕を組み替え、腕章を揺らした。
「ああ、いや、そういうことじゃない…………その……なんだ……僕のことを恨んでいないのか?」
「恨む? どうして?」
「君の兄を──ジョシュアを殺そうとしたから……前にも言ったと思うけれど、僕には吸血鬼化した妹がいる。でもそれでも代替の利かない家族であることに変わりはないから、命を奪おうとしてくる存在がいるのであれば、この身を賭してでも守りたいって思うんだ」
ほつれた糸を引っ張り、シュルシュルと解いていくように僕は言葉を並べる。レジスタンスとしては許されない発言であることは重々承知しているが、その禁忌を犯してでもノエルの心中を知りたかったのだ。
「……もちろんジョシュアを殺そうとしたことを恨んでいないと言ったら嘘になりますが、セシリアは使命を全うしただけですよ。レジスタンスならば誰だってそうするはずです」
ノエルは悔しそうに奥歯を噛み締めて僕の行いを肯定した。
「……それに……実際、殺したのは私で、セシリアではないことは紛れもない事実ですから。気にしないでくださいよ」
スラックスをきゅっと掴む手は震えていた。憎悪と感謝の混じった妙な感情が気配から滲み出ていて、僕は少し困惑した。
「……暗い話は終わりにして──セシリア、おめでとう!」
「なにが?」
「出世ですよ! シェリルから聞きましたよ、セシリアがホロコーストに特進するって!」
さも自分のことのように喜んで言うノエルに対して、僕はどこか冷めており、幽体離脱をして自分を俯瞰しているような気がした。
──シェリルから送られてきた手紙にあった、僕がホロコーストに推薦される話から実際に昇進するまで話が進んでいるのか……。
「本当、セシリアってすごいですね。……同期がこんなにも出世してると、私も負けていられないから頑張らないといけないですね」
「そう言うノエルも昇進してるよな? その腕章、前に会ったときと異なると思うんだが……」
記憶を探りながら僕はノエルの腕章を注視した。
「そうですよ。順調に昇進して、今のところ上から二番目の階級……ランクBにいるんですよ」
ふふん、と鼻を鳴らして自慢げに言うノエルは年相応の女の子の姿をしており、とても死と隣り合わせの職場で働いているとは思えない。
「……それはすごいな。それにしてもインテリゲンツィアって殉職しやすいと聞いていたんだが、そこはどうなんだ?」
「そうですね……私の同期は既に半数以上が殉職しましたよ。だから私が今、生き残っているのが奇跡なんです。ついこの間だってA級──一番危険って言われているランクに振り分けられている特異体が脱走したせいで、それを再収容するためのプランを実行したらスタッフが数百人単位で亡くなってしまいましたからね」
「うわぁ、それは酷い」
「ちなみにそのプランを実行するように指示したのは私です。それでそれだけの損失を出してしまいましたから、今私は諸々の報告書で四苦八苦してます。ちなみにそれが嫌で、ここに逃げてきました」
悪びれなく言いのけたノエルは、レジスタンス入隊試験のときの可愛らしい小動物のような人物と同一人物とは思えないほど変わっていた。
「おいおい、それをやったのお前かよ。ってか報告書から逃げるために元同期の見舞いという大義名分を使うなよ」
「てへぺろ」
あまりにも憎たらしく舌を出して笑うものだから、当事者でもなんでもない僕でさえ、その顔面に渾身のストレートを打ち込みたくなった。
「反省してないだろ、絶対」
「まあ反省に値しないですよ。なぜなら予定していた損失よりも少し多くなってしまった、というくらいですからね。本当、誤差なんですよ」
「人の死に誤差はないと思うぞ」
僕の否定に対して、ノエルは少し寂しそうな表情を見せた。
「……セシリア、なんか変わりましたね」
「……ノエルこそ、僕の知っているノエルじゃない」
「……お互いに変わりましたね」「……互いに変わったな」
言葉が重なり、妙な笑いが込み上げてきて、僕たちは腹を抱えて笑った。




