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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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緊急事態

 罪の館の王座の間という非常に広い空間に男性の声が響いた。

「酷い、実に酷いねえ、これは。なんだい、この体たらく。私は人を見る目があるほうだと思っていたのだが、どうやら違ったようだ」

 レオンは憤怒を隠すように話しているが、言葉の節々から滲み出ているように感じられ、今回呼び出された中層のゲブラーとケセドは生きた心地がしなかった。それもそのはず、レオンの感情一つで二人はあっけなく処分される可能性があるのだから。

「いいえ、そのようなことは断じてありません。貴方の目は確かなものです。それを私が証明してみせましょう」

「ケセド、言ったからには完遂したまえよ。君にまで裏切られたら私はもうなにを信じればいいのか分からなくなってしまうから」

「ご心配なく。私はこの身が潰えるその瞬間まで貴方のために戦い、あの忌ま忌ましい組織を再び殲滅してみせましょう」

「それは心強いねえ。しかし本来の目的は忘れないでもらいたい。私の目的は──」

 レオンは目を細めてひざまずいている二人に視線を落とし、間を楽しむように言葉を切ると、

「「──現実改変能力の取得」」

 とゲブラーとケセドの声が重なった。

「そう、そうだとも。それさえあればわざわざ戦わずとも、あのような忌ま忌ましい組織をついでに滅することができるのだよ。いいね? 私は君たちを信じている。うまくやってくれると信じている。だから頑張りたまえ」

 レオンの手が黒く変色し、触手のように蠢動を始めると、瞬く間に伸びて床を這っていき、二人の首に絡みついた。触手の皮膚に接触している部分は無数の針へと形を変え、容赦なく体内に侵食していく。

 血管を浮き立たせながら生に固執して悶え苦しみのたうち回る醜い姿を、レオンは冷めていながらも心ここに在らずといった目つきで鳥瞰している。しかし打って変わって口角は目と異なってポジティブな印象を受けるように上がっており、そのコントラストによって表情は酷く歪んで見えた。

「さてと、もう既に察しているだろうが、ティファレトが殺されてしまった。下層セフィラも含めて半数がいなくなるなんてことは初めてだと、君たちは当然知っているだろう」

 息も絶え絶えな様子の二人を前に、レオンは再び話し始めた。状態など気にも留めないで自分の意思を一方的につらつらと言葉を並べていく様は、一組織の長とは到底思えないものだった。

「彼女たちは私が想定していた以上に働くようでね。……まったく、やる気のある無能ほど対処が面倒なものはないよ。働くならば働け、働かないのならば働かないで、こちらの邪魔はしないでいただきたいものだよ」

「おっしゃる通りです」

 順応して持ち直したケセドがレオンの言葉を肯定する。

「……ところでそちらの彼はまだ順応できないのかい?」

 レオンの視線がケセドからうつ伏せで倒れたまま動かないゲブラーへと動かされる。するとケセドがそれを察知して即座に叩き起こそうと手を伸ばすが、

「いいよ、彼は起きるまではそのままにしておきたまえ。大切なものを失って傷心中のようだから」

 と制止し、目を細めて再び視線をケセドに戻した。

「……ケセド、君は気づいていないのかい?」

 その言葉にケセドは驚いたような顔をした後、少しの間を置いて表情を曇らせ、ゲブラーに向ける視線を悍ましい生物を見るかのようなものに変化させた。

「知っているよ、君が同性愛を厭悪しているのは。当然私も好んではいない。しかしそれは個人の自由であるから、真っ向から否定して拒絶するのはいただけないね」

「……はい」

 ケセドは不服そうに顔をしかめながらも口答えはしなかった。

「それにしても……長らく生きているというだけで、性的指向というものはヘテロセクシュアルから動くものなのかい?」

「生き字引の貴方や上層セフィラの方々がそうでないのですから、ただゲブラーが特殊なだけかと思います」

「ふむ……それもそうだね。まあいい、このようなことどうでもいいことだ」

「ええ、その通りです。私は……私たちは、貴方の手足となって目的を達成するだけのことですから」

「ではそろそろ解散にしようか。ゲブラー? いい加減起きたまえ」

「…………はい」

 ゲブラーの体を持ち上げる両腕は立ち上がった生まれたての子鹿のように震えており、顔は病人も驚くほど血の気が引いて真っ青になっていた。

「いいかい? ゲブラー? 私とともに現実を改変しよう。そうすれば君の大切な彼も元通りになるし、当初の目的も達成できる。だから実行したまえ。一人と一羽は殺しても生け捕りでもどちらでも構わないから」

 レオンはふう、と小さく息を吐いて区切り、

「──二人とも、良い報告を期待しているよ」

 と続けた。

「承知」「御意」

 ゲブラーとケセドの声が重なった。


 一人になった空間でレオンは頬杖をついて、床の一点を凝視した。しかしその視線はどこか遠い過去を眺めているようで、景色を視認している様子ではなかった。

「……彼らに期待なんてしていない。だからダアト、早く達成したまえ……そうすれば……君もまたいつも通りの日常に戻れるのだから……」

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