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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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愛の需要と供給 後編

 唇を重ねる。それは軽く触れさせるだけかと思いきや、吸い付いて音を立てて感触を確かめるように濃厚なものを混ぜて緩急をつけていた。

 互いの唇を銀の糸が繋ぐ。

「……毎回思うんだけど、こういうのってさ、普通は男女でするもんじゃないの? それなのにアンジェラは……」

 アンジェラの手は頬から首、鎖骨、胸へと下りていき、膨らみのないそこを愛おしそうに撫でた。

「私が……なんですか?」

 柔和に笑うアンジェラの、わたしの胸に触れている手に自分の手を重ね、上から指を絡めて、

「……普通じゃないよ」

 と漏らした。するとアンジェラの手はわたしの手からするりと抜けて、脇腹を撫でながら腰へと下ろし、わたしと体温を共有するかのように抱きしめながら柔らかな臀部を包み込んだ。

「いいではありませんか、普通ではなくても。愛の形は人それぞれですからね。私はエスターを愛している、だからこそ触れたい、そして今実際に触れているというだけですよ。もしかして……エスターは嫌でしたか?」

 わたしの顔色を窺うように首を傾げならがも手は尻から鼠蹊部へと動いていき、秘部に触れた。わたしの体温よりも少し冷たい細い指が生温かい体液を十分に絡めると、体内へと入り込んできた。狭いそこを広げるように指を曲げたり伸ばしたりして動かした。

「……別に……嫌じゃなっ……!」

 わたしの体がピクリと跳ねるのと同時に、体内に熱源が発生したかのようで、体がじんわりと熱を孕んだ。

「嫌ではないのなら、いいじゃないですか。もっと私の溢れんばかりの愛を受け取ってくださいよ。そう……一滴もこぼさないで、全部全部受け入れて……」

 アンジェラは唇をわたしの首にぴったりと密着させて強く吸った。その間も下半身に伸ばした手を動かし続け、体内をぐちゃぐちゃに弄ばれた。盛り上がった部分に指を引っかけるようにグリグリと刺激されて、情けない声が漏れ出した。

「ねぇアンジェラっ……変なの……来ちゃう……ねぇ……やめてよ……離し、て……おねが、いっ……!」

 わたしの体から力が抜けるのと同時に、アンジェラはチュッという軽い音をさせながら唇を離した。達したわたしはうまく自立できずにアンジェラの胸にもたれた。

「綺麗に痕がつきましたね。これでエスターは私のものです」

 アンジェラは満足そうに微笑を浮かべると、わたしの前髪を掻き上げて額に唇を落とす。

 自分とは対照的に余裕そうなアンジェラに対して怒りにも似た名状しがたい感情を覚えたわたしは、八つ当たりのように彼女の胸をペチペチと叩いた。……ペチペチ……ペチペチ。

「…………死んじゃえぇ……もうやだぁ……アンジェラなんかぁ……きらいぃ……もう知らない……」

 わたしはアンジェラの胸を押して、反作用で彼女の腕から離れ、ベッドに倒れ込んだ。天日干ししてふかふかになったマットレスに沈み込み、洗濯されたシーツの良い香りが鼻腔をくすぐった。

「どうしたんですか?」

 ──本当は分かっているんだろ。それなのに訊くなんて……白々しいにもほどがある。

 倒れたわたしを追うようにアンジェラは覆い被さったかと思えば、今度はわたしの片脚を持ち上げて自身の肩に載せると、秘部を密着させた。

「明日はどちらも非番でしょう? まだ夜は長いんですから、楽しみませんか? ほら、笑って。エスターは泣いているよりも笑っている顔のほうが似合っていますよ」

 アンジェラはわたしの目元を拭って微笑みかけた。それはわたしにとってまるでアルコールのようで、思考を鈍らせる。

 ──その顔は卑怯だ。それをした瞬間、否定という選択肢がなくなってクローズドクエスチョンじゃなくなるじゃないか……。

「……わかった……する……」

 わたしから予想通りの答えを得たアンジェラは、わたしだけが見られる満足そうで無邪気な笑顔を見せて、腰を動かし始めた。


 朝日が差し込む。換気のために僅かに開けていた窓から風が入り、カーテンをはためかせた。どこからか鳥のさえずりも聞こえてくる。

 わたしは目を閉じたまま手を伸ばし、隣で眠っているはずのアンジェラを探すが、見つからない。伸ばされた手は冷たいシーツをこするばかりで、肝心な体温は感じられなかった。

「ん……うぅん……」

 まぶたは重く、開きそうにない。

「エスター? 私はもう起きていますよ」

 少し離れたところからアンジェラの声が聞こえる。

「ほら、起きてください。朝ごはんができましたよ」

 食欲を刺激する良い香りと蒸気が鼻腔を通り抜けた。

 ──食べたい……でも眠い……もう少し眠っていたい……っていうか腰が重すぎ……起き上がれない。これだからそういう行為はしたくない……だけど……気持ちよかったなぁ……。

 わたしの中で欲求が殴り合いを始めた。それはなかなか決着がつかず、どんどん次のラウンドへと進んでいく。

「ほーら、起きてください。エスターの好きなトマトリゾットですよ? 冷めちゃうので早く食べませんか? それにこれはあなたのリクエストですよ?」

「…………たべる」

 ようやく決意したわたしが重い体を細い腕で押し上げて上体を起こすと、ベッドから転がり落ちて、もう一度起き上がってようやく食卓テーブルにたどり着いた。テーブルには一人前が器によそわれたトマトリゾットと水と、一つの大きなボウルに入れられたサラダが置かれていた。

「いただきまーす」「いただきます」

 熱々のリゾットを木製のスプーンですくい、息を吹きかけて冷ましてから口に運ぶ。それでも舌をやけどして、上顎を擦るとじゃりじゃりした。味のほうは、程よくトマトの酸味がして美味しかった。いつも通りのアンジェラの味だ。

「アンジェラってこれまでわたし以外に料理を作ったことはあるのか?」

「突然どうしたんですか?」

「いいから教えて」

「うーん……内緒です」

 アンジェラは口元を隠してクスクスと笑った。

「もう、アンジェラの意地悪!」

 わたしは頬を膨らませ、当てつけのようにサラダを食べた。我ながら子供っぽいことをしているとは思うが、わたしの思いつく表現方法はこれしかないのだ。

「そんなのを聞いてどうするんですか?」

「アンジェラの手料理を食べたことがあるのは……わたしだけがいいの……これからもわたしのためだけに……作ってほしいな……なんて」

「いっつも噛みついてばかりのエスターにも可愛いところがありますね。──ああでも、ベッドの上ではもっと可愛かったですよ」

 付け足すようにさらりとわたしを困惑と羞恥をさせる発言をするアンジェラの脛を、わたしはテーブルの下でそっとつま先でつついた。あくまでもつつくだけで、力は込めない。そのようなわたしを見てアンジェラはまた柔和に笑った。


 たわいもない会話をしながら朝食を済ませて、わたしは食事を作ってもらった礼として食器を洗っている。その間アンジェラは外出のための私服を探しつつ、メイクの準備をしていた。

 背後で鼻歌を歌いながら今日着る洋服を選ぶアンジェラの背に、わたしは、

「またトマトリゾット作って」

 と言った。すると、

「いいですよ。でも次に非番が重なるのは二週間後ですから、そのときですね」

 といつも通りのアンジェラの返事が聞こえた。

「はーい」


「明後日はせっかくの二人揃っての非番だってのに、急にアンジェラだけ派遣されるってどういうことなのさ。しかも言ってきますのちゅーもしてないのに……」

 わたしは一人、部屋にかけられたカレンダーを見て言った。

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