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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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第六のセフィラ戦 前編

 断続的に発生する剣戟の響きが空間を満たした。その度に衝突した部分が閃光し、辺りを花火のように刹那の時を照らす。

「さっさと死に去らせ! このクズ!」

 わたしは未だかつてないほどの速度で白光する双剣を振るった。ティファレトの首を今にも切り落とさんとばかりに鋭利な刃は大気を切り裂いていった。

「あはははァ! 女の子がァ、クズ、なんて言っちゃァダメだよォ。もっとお淑やかな発言をしないとォ。お嫁にもらってもらえなくなっちゃうよォ?」

 ティファレトは余裕綽々といった態度のまま、異能力で生み出したロングソードでわたしの攻撃を軽くあしらいながら言った。顔に張り付いたねっとりと纏わりつくような不快な笑みには今にも胃の中身をぶちまけてしまいそうだった。

「もらってもらえなくて結構! わたしの逆鱗に触れたからには容赦はしない! 命乞いは聞かない! あるのは無様な死だけだ! お前に残された道は、今までに食った人間たちに懺悔して、一人惨めに死ぬことだ!」

 青筋を立てて吠えるように言うわたしに対してティファレトは表情を変えずにヘラヘラとした態度で、

「でも俺は優しいからァ、君をお嫁さんにしてあげてもいいよォ? 可愛い子や綺麗な子は大好きなんだァ」

 と返した。

「──あァ、でもォ、お嫁さんはァいっぱいいるからァ、君一人を愛してあげることはできないなァ。独占させてあげられなくてごめんねェ」

 一呼吸置いてティファレトが指を鳴らした。

 ──暗転。

「……な、んだよ……これ……」

 次に空間が明るさを取り戻したとき、そこはインテリゲンツィアの施設で見られるような白を基調とした人工的なものへと変貌していた。もちろんそれに対して言葉を失うほどわたしは柔ではない。問題なのは──。

「……悪趣味にも……ほどが……ある……」

 ──壁がガラス張りのショーケースになっていて、その中に切断された頭部の数々が規則正しく並べられているということだった。どれもこれも息を呑むほど整った美しい顔の若い女のもので、この吸血鬼の性癖には邪悪に似た悍ましさを感じざるを得なかった。

 並べられている顔は例外なく血色が悪かったが、それでもこれまでに見てきた死体とは比べ物にならないほど鮮やかであった。

「どれもみんな綺麗だろォ? これだけできたらァ、エンバーミングが得意って言っても問題ないと思わないかァ?」

 自慢げに言うティファレトの顔面に拳を叩き込んでやりたくなった。それはレジスタンスに所属して吸血鬼を殲滅する隊員としてではなく、一人の人間としての感情だった。

「君もォ、このコレクションの中に加えてあげるよォ。大丈夫、首を刎ねた瞬間はちょーっと痛いかもしれないけれどォ、それもきっとすぐに忘れられるからさァ。それからァ、首から下はちゃんと俺が美味しく残さず食べてあげるからァ、心配しなくていいよォ」

 ティファレトはロングソードを消すと、どこからともなく取り出したチェーンソーの電源を入れた。

「さてとォ……そろそろやるとするかなァ? やっぱりさァ、素人が切断って言ったらァ、チェーンソーが一番だよねェ。俺は武道には疎いからァ、剣の類は上手に扱えなくてェ、切断するのにいっぱい痛い思いをさせちゃうだろうからさァ──」

 両手でチェーンソーを持ち直して、

「──この優しさァ、噛み締めてよねェ」

 と言って大きく振りかぶった。顔には人を嘲笑したような嫌な笑みを貼り付けて。

 わたしは即座に受け流しが容易になるように双剣を持ち変え、

「チェーンソーなんざ戦闘には向いてないだろ。キックバックを貰うのがオチだ。それともB級のスプラッタ映画にでも出るつもりか? それだったら大根役者も少しは使い物になるかもな」

 と声調に余裕を滲ませながら言って構えた。内心に跋扈する焦燥感を読み取られないように細心の注意を払って。

「……はァ、今のは聞き捨てならないなァ。いくら可愛くて好みの女の子だからってェ、発言は相手の心中を推し量ってしないとォ。嫌われちゃうよォ?」

 眉をひそめて僅かに顔に不快感を表したティファレトだったが、それも瞬く間に消え去り、元の嫌な笑みへと戻った。

「大丈夫、わたしはお前を嫌っているから。お前に嫌われたところで問題はない。だから早くわたしの前から消え失せろ」

 わたしは握る双剣に力を込めると神経を脚部に集中させて、ティファレトめがけて飛びかかった。縮んだバネが勢いよく元の状態に戻るべく伸びるようにして、わたしの筋肉はエネルギーを放出した結果、神速な動きを可能にした。

 ──相手はティファレトだ。階級は六番目……気は抜けない。迅速に対処しなければ、アンジェラが、セシリアが、観客の命が危険に晒される。一刻も早く始末しないと……。

 わたしはティファレトの動きに合わせて最小限の力で攻撃を受け流して隙を探った。確実に攻撃が当てられるとき以外は回避することをモットーに立ち回る。そうしなければチェーンソーで受けられたとき、膂力での対抗に持ち込まれてしまうからだ。そうったらいくら特異体と同化することによって得られる体格に見合わない力を持ってしても、勝ち目はない。

 ──なんでもっと体が大きくならなかったんだ。

 空間をまるでピンボールの打ち出されたボールのように駆け回り、適度にティファレトに接近しては攻撃を誘発させて強引に隙を作らせようと努力した。しかしどれだけやっても大した変化は起きなかった。

 ──クソが! なんで! なんで動きが変わらないんだよ! ふざけんな!

「あれェ? なんかァ、さっきよりも動きが鈍くなったァ? もしかしてェ……心配事でもあるのォ? それもそうだよねェ。でも大丈夫! 君の仲間はまだ生きているからァ。……まァ、もうまもなく蒸し鶏と溺死体と肉塊になっちゃうかもしれないけれどォ」

 ギリギリと軋む音がした。それがわたしの歯ぎしりだと気づくのに少々の間があった。それから今にも脳の血管が破裂してしまいそうなほど怒りが込み上げているのも今、ようやく認識した。

 ティファレトは目を細めて微笑んで続ける。

「あはははァ、青筋なんて立てちゃってェ、こわーい。ほらァ、笑顔見せてよォ。にーってさァ。せっかく可愛いお顔をしているんだからァ、笑っていないともったいないよォ?」

「よくもそんなことを言えるな! 誰のせいだと思っている! 絶対に許さない! わたしのアンジェラを傷つけたこと、死をもって償え!」

 手首を捻って器用に双剣の刃を切りやすくなる持ち方に変えると、

「神の子よ──崇拝されし神の子よ、今ここで救済したまえ!」

 と号哭にも似た声を上げると一呼吸置いて、蛇のように地面を這ってティファレトへ一気に接近して、直前で彼に対して斜めに抜けるように跳躍した。

 双剣が一段と美しく白光する。

 ティファレトの動きがカメラのシャッターを切った瞬間のように停止する。顔からは少し驚いたという感情が見て取れる。

 ──効いてる……! これなら……!

 わたしはそのようなことは御構いなしにティファレトの持つチェーンソーを避けつつ彼の首を切り落とそうと刃を振るった。


 鮮血が散る。

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