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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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みんな腹の中 中編

「もう! セシリアもエスターもどこに行っちゃったのさ! ぼくを変なところに放っておいて! 動物虐待じゃないの、これ? 動物愛護団体に通報してやる!」

 ひょこひょこと跳ねながらナスチャは進む。

「だいたい、ここは一体なんなのさ! 暗くなったかと思えば、突然銀色の馬鹿でかい空間に切り替わって! なにこれ? 劇の演出? まったくもって面白くないよ! まあでも……あの主演のほうが面白くないか」

 ナスチャは大きなため息をつき、だだっ広い空間の中央で足を止め、上を見上げた。しかし天井も床や壁と同様に銀色の金属がただずっと続いているだけのようで、脱出口は見当たらなかった。

「……はあ」

 もう一度ため息をついた。それも先ほどよりも大きく。

「…………」

 ナスチャは不快そうに顔を歪め、羽を広げた。

「それにしても……さっきからなんか暑い……。気のせい……? しかし……暑い……めっちゃ暑い……」

 バタバタとその場で羽ばたいたが、やはり変わらないようだ。

「…………」

 ナスチャはさらに顔を歪めた。

「……なんかさぁ……どんどん暑くなってる気がするんだけど……絶対に気のせいじゃないでしょ、これ……」

 ナスチャの声が空間に木霊する。異様にくぐもった反響音に放熱以外の汗を滲ませ、その場で跳ね出した。

「……加熱。もしかして……もしかしなくとも……ぼく、調理されてる? これってちょー大きな鍋じゃないの?」

 汗をダラダラと流しながらナスチャはひょこひょこと跳ね、壁を目指して移動を始めた。

「ああ、もう! 床が熱いんだけど! それもとっても! ヤケドしちゃうじゃん、こんなの! これをやった奴も動物愛護団体に通報してやる! 覚悟しとけよ! 正義の鉄槌を下してやるからな!」

 威勢良く言ったもののそれが誰かに聞かれることはなく、ナスチャの声は虚しく空に消えていった。

「ぼくはカニやロブスターの類じゃないの! だから生きたまま調理したら痛いし苦しいに決まってるじゃん! ──っていうかそもそもなんでぼくを加熱してるわけ? 見るからに美味しくなさそうじゃん! 実際、可食部は少ないよ! 絶対に! 食べるならちゃんとした食用の鶏にしてよ!」

 文句を垂れながらもようやく壁に到着したナスチャはふう、と息を吐いて、

「吸血鬼の異能かなんなのか知らないけどさぁ! ぼくは関係のないの! レジスタンスに所属してるわけじゃないから! だからさっさと解放してよね!」

 と叫び、腹部の模様を歪ませた。刹那、赤色の触手が出てきて、すかさず肉食獣の前肢のような鋭い爪を持つ物体へと変形させると、壁を引っ掻いた。たとえ鉄筋コンクリートの建造物であろうが、これが直撃したらひとたまりもないことが容易に想像できる一撃だったが、壁は非常に頑丈で、破壊は疎か、傷の一つさえもついてはいなかった。

「──なっ!」

 一瞬、隠しきれなかった仰天が顔に現れるが、即座に深層に押し込んで次の攻撃を放った。一旦前肢から触手に戻すと、今度はロングソード程度の長さの薄刃に変形させ、再度壁を傷つけようとぶつけた。

 テラテラと妖しく真紅に輝く鋭利な薄刃が壁に衝突する。右上から左下に向かって斜めに切りつけたが、やはり壁には傷がつかない。

「な、なんでだよ! これで切れなかったものなんて今までになかったのに! どうして切れないのさ! もうやだー! おうち帰るー!」

 欲しい玩具を買ってもらえない子どものようにナスチャは駄々をこねるが、

「ナッツ食べて寝る……の……」

 と打って変わって急に静かになった。

「……………………」

 ナスチャの顔に嫌悪感が滲み出た。

 次の瞬間、薄刃から無数の、それこそ数えるのも嫌になるほど細かな棘に変形させ、再び壁にぶつけた。

「……………………」

 無言のまま顔をしかめて壁に棘を宛てがい続けた。

 それから二、三分ほどの時間が経過した。しかしナスチャの姿勢はまったくと言っていいほど変わっていなかった。微動だにせずに棘を壁にぴったりと当てながら唸っているばかりで状況は好転しているようには見えなかった。それどころか空気は更に熱せられ、室温は加速度的に上昇していった。

 ナスチャは目を閉じて不動のままその場に居続けた。顔には苦痛の色が現れており、そろそろ限界が近いのが見て取れる。

 もうまもなく蒸し鶏ができあがろうとしていた頃、突然空間がボロボロと崩れ出した。空間を形成していた金属は成人男性の手ほどの大きさになって床に転がった。そして銀色の金属だったものは桃色にじわりじわりと変色し、名状しがたい悍ましい経過をして肉塊に変貌した。

「……………………」

 そのような肉塊の中、ナスチャは糸が切れた操り人形のように倒れ込んだ。そこに既に意識はなく、崩れて山となった肉に埋もれていき、まもなく見えなくなった。

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