魅力的なのは 後編
プニプニした壁を切り、筋肉を切るに近い感触が手から伝わった。そこは他の壁よりも硬く、なかなか刃が進まない。
──切れろ切れろ切れろ切れろ……!
そこには融合しかけているアンジェラがいた。特異体の装備は既にボロボロになっており、裸同然の姿で捕らえられていた。顔には苦痛を滲ませて、時折唸り声を漏らしている。
「アンジェラ! 今助けるからな! だからもう少し待っていてくれ!」
わたしは壁を蹴って途中で止まった刃を引き抜くと、もう一度双剣を振り下ろした。アンジェラには当たらないように、彼女に纏わりつく肉ごと抉り取ろうとした。
アンジェラに近いところを切ろうとすればするほど肉は硬く、まるで刃は通らなかった。
「なんで! こんなに! 硬いのさ!」
何度も何度も叩きつけるように切りつけるが、アンジェラをそこから引き剥がすことは、わたしの筋力では叶わなかった。
──まずい!
一旦アンジェラを救出する手を止め、わたしは空間の中央で再度能力を発動し、観客たちを捕らえようと忍び寄る触手の動きを妨害した。それから少しでも触手の再生に時間がかかるように細かく切りつけ、再びアンジェラのところに向かう。
「アンジェラ! 起きてくれ! 頼む! 目を開けて!」
喉が張り裂けそうなほど叫んでは繰り返し鉱石のように硬い肉に双剣を叩きつけた。その度に耳をつんざくような高い音を立てて肉の破片が散る。しかし損傷した部分も瞬く間に内側から新しい肉がせり上がってきて元の状態に戻ってしまう。
脳が沸騰しそうなほど熱くなる一方で体は、背中は、末端は、酷く冷えていた。
──解決策が思いつかない……わたしの力では時間稼ぎしかできない……。
呼吸が荒くなり、焦りから動きがどんどん粗雑なものになっていく。そのせいでわたしがどれほど切りつけても肉は欠片しか切り取れなかった。
「…………やるしかない」
わたしはアンジェラを抉り取ろうとする手を止めて、そこから二、三歩後ろに下がると、剣先を二本とも自分に向けた。
「…………できればやりたくなかったけれど……これしかない」
歯が砕けんばかりに食いしばり、わたしは自分の腹部に双剣を突き刺した。皮膚が裂かれ、血管が破られ、脂肪が断たれ、筋肉がちぎられ、臓腑が貫かれた。しかし傷口から血が流れることはなかった。
まるで体は可燃性の液体で満たしてから着火したかのように、燃え上がるような痛みが走った。
「……わた……し……の……血……で……」
臓腑が今にも溶けてしまいそうなほどの激痛を伴ってもこれを実行するのは価値があった。
「……もっ……と……強く……なれ……」
特異体には血肉を食らえば食らうほど強くなる、という特性がある。もちろんそれはレジスタンスではタブーとされているが、あくまでもそれは表向きの話で、緊急事態──それこそ人命がかかっている今は、一般人を傷つけたとしてもお咎めはないだろう。しかしわたしは無駄に他人を傷つけるなどという下劣な趣味はあいにくと持ち合わせていないため、自傷という選択をした。
「……いけ……やれ……わたし……しか……でき……ない……」
腹を刺した挙句、血液を吸い出されているせいで体に上手く力が入らず、立っているのも難しくなってきた。しかし経験上、この血液量ではまだ足りないためにそこで止めるわけにはいかず、気力だけで立ち続けた。
「…………」
カッと目を見開いて、目の前のアンジェラを見据えた。しかし視界に捕らえているアンジェラは酷く歪み、霞んでいた。
──もうそろそろ限界か……。
体を循環する血液量が減少している。もちろん同化しているおかげで血液は失われてもすぐに作られるが、それでも供給は間に合わず、じわじわと全体の量は減っていくばかりだ。
「…………」
獣が唸るように肺にある空気をすべて吐き出すと、腹部に刺さっている双剣を勢いよく引き抜いた。傷口から僅かに鮮血が垂れるが、すかさず腹筋に力を入れて傷口を圧迫した。するとみるみるうちに出血量は減っていき、やがて止まった。同化による驚異的な治癒能力も相まって、傷は跡形もなく消え去った。
双剣を握る手に力が入り、刃はカタカタと音を立てる。その白い剣身には血管のような樹形図が浮き出ては消え、浮き出ては消えを繰り返し、まるで双剣は生きており、脈動するかのごとく明滅していた。
「……許さない」
一度目を閉じ、大きく息を吐いて乱れた精神を落ち着かせると、双剣を握る手に適切な力を込めて、力強く床を蹴った。白筋が唸り、わたしの体に力を与える。
刃の向きを変え、双剣を振りかぶった。
「今助けるからなぁぁぁァァ!」
アンジェラを傷つけないように、それでもって確実に一撃で剥がせるように、ギリギリのところを攻めた。
双剣が刺さる。一拍置いて、力がかかって刃が下に向かって動く。先ほどまでとは打って変わって簡単に刃が進む。筋繊維を断ち切り、アンジェラの上半身が空間のほうへと垂れる。
──あと少しあと少しあと少し……!
皮膚が裂けそうなほど握る手に力を入れて、残り半分も切り取った。
壁と完全に分離したアンジェラが重力に従って自由落下し、プニプニした床にべちっという間の抜けた音を立てて転がった。
──よしっ! やっと剥がせた……。
わたしは振り返り、アンジェラの安否を確認しようと駆け寄り、手を伸ばす。
──暗転。




