魅力的なのは 前編
真っ暗闇に適応したために瞳孔は開ききっており、スポットライトの光が眼球を抉るように差し込んだ。
「……うぅっ」
反射的に両腕を掲げて目元を隠し、目の順応を待っていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『やァやァ、君がセシリアだねェ。今日はァ、俺の劇に来てくれてェありがとォ。歓迎するよォ』
声のするほうを見ると、そこには舞台衣装で着飾った背の高い金髪の美丈夫が気味の悪い微笑を浮かべて立っていた。瞳は金を埋め込んだように上品に輝いており、左目の下には[Tiphereth]と印されている。
「俺はティファレト、よろしくねェ」
ティファレトは爽やかな笑みを貼り付けながら、それとは対照的なねっとりと鼓膜にまとわりつくような声で名乗った。
刹那、僕は握りしめているクレイモアを振り下ろしていた。刃は空気を切り裂き、ティファレトの脳天へと吸い込まれるように進む。
しかしティファレトはそれを素手で掴んで止めた。僕は筋力で対抗するが、掴んで止められた刃はまるで動かない。
──いくら同化しているからってセフィラには敵わないのか……。
「いやだなァ、そんないきなり攻撃してェ……俺は悲しいよォ。俺は思うんだよォ、人間も吸血鬼も仲良くしたらいいじゃないかァ」
ティファレトは反吐が出そうな絵空事をさも妙案のように垂れ流す。
僕は僕は力を加え続け、押さえられた刃がギチギチと音を立てる。
「……うるさい、お前らのせいで一体人間がどれだけ迷惑を被っているのか分からないのか、このクズ」
「そんなことを言われてもねェ、弱いものは淘汰される、仕方のないことだよォ、だって俺たちはある種の災害なんだからさァ。君たちは地震に文句を言うのォ? 水害にはァ? 台風にはァ? ──それこそ、特異体にはァ?」
表情に僅かに不快感を滲ませてティファレトは言った。
「──まァ、特異体によるものはインテリゲンツィアが頑張って証拠隠滅しているみたいだからァ、あんまり実感はないようだけれどねェ」
「違う、お前らは明確な意思を持って人を襲っている、それに違いはない! だから悪じゃないか!」
「そりゃあ……仕方がないよォ……俺たちだって食べないと、動けなくなってしまうからねェ……。それは君たちだって同じだろォ? 牛や豚、鶏、魚を殺して食べているじゃないかァ。それを正当化しておいて、俺たちだけを批判するって、ちょっと知能に問題があるんじゃないのかなァ?」
青筋を立ててティファレトは続けた。
「……もういい。レオン様は君の生首を所望のようだからァ、さっさとこなして希望を分けてもらおう」
次の瞬間、ティファレトは刃を掴む手に尋常ではないほどの力を入れ、脱いだコートを放り捨てるかのように軽く後方に投げた。
強くクレイモアを握っていた僕も一緒に宙を舞うが、ティファレトの頭上を通る瞬間に下腹部を抉るように殴られ、真上に浮き上がった。新しい制服のせいで一切の防御がない腹部に強烈な一撃が入り、激痛が走る。それと同時にクレイモアを握る手から力が抜け、離れたところに音を立てて転がった。
直撃したところはもちろん、その周辺の臓器にも衝撃が来た。肺から空気が押し出され、口腔に溜まった唾液と共に吐き出された。
地面に転がり、殴られたところを押さえて苦痛に顔を歪めていると、下半身に生暖かい感触があった。
すぐさま確認すると、赤い液体が股から垂れていた。しかし普段の出血とは異なり、濃い鉄の臭いや粘度はない。それに加えて、内部の痛みばかりで外傷による痛みはなかった。
──とにかく止血しないと……。
消えない殴られた痛みに喘ぎながら損傷のある部分を治そうと集中すると、
「わあァ、血尿だねェ、それ! 可哀想に、臓器を損傷してしまったようだねェ」
とケタケタと笑いながらティファレトが指をさして言った。
「俺も昔ィ、ホドに階級を賭けての戦いに挑まれたときにそうなったよォ。痛いよねェ、それ。しかも君は女の子だからァ、下腹部は大切にしないとねェ。孕めなくなっちゃうよォ」
両手をひらひらとさせながら飄々とした態度で聞きたくもないことをペラペラと得意げに語った。
「……まあでもォ、君は同化しているからァ、今さらって感じだねェ」
先ほどとは打って変わって声のトーンを落として静かに、そして憐れむように言ったかと思えば、
「……あァ……ちょっとまずいなァ……これはァ……」
と手で額を押さえて唸り出した。
僕は痛みが残る体へと鞭を打つように脳から四肢へと指示を出し、離れたところに転がっているクレイモアを拾い上げると、ティファレトの首を切り落とそうと薙ぎ払った。
「異能力──演出『水害』」
次の瞬間、ティファレトは僕の前から跡形もなく消え去り、薙ぎ払ったクレイモアは空を切った。
「──どこだッ!」
照らしていたスポットライトは消え、なにも見えなくなった。僕は息を小さく吐き、音や空気の流れを体表から感じ取ろうと集中した。
次に視界が明るくなったとき、僕は砂に叩きつけられてうつ伏せになって倒れていた。幸いにも握りしめていたおかげでクレイモアは手から離れてはいなかった。
ゆっくりと体を起こし、周囲を確認すると、僕を中心として包み込むように半径三メートルほど離れたところに人工的な高波が発生していた。それは今にもこちらに流れてきて、僕を呑み込んでしまいそうだった。
「……なんだよ……これ……」
僕はすぐさま息を吐き切ると、大きく息を吸い込んだ。目一杯肺を膨らませて空気を取り込むと息を止め、目を閉じた。
一呼吸置いて高波が僕を襲う。




