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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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少女誘拐事件 前編

 それは唐突だった。レジスタンスにある食堂でいつも通りの朝食を食べていたときだ。

「セシリア! セシリアはいるか!」

 食堂に響く聞き覚えのある大きな声がしたかと思えば、気がついたときには後頭部に衝撃を受け、スープの器に顔面をホールインワンしていた。当然ながらスープはそこそこ熱いせいで顔面はヒリヒリと拭えない痛みに襲われた。

 恐る恐る顔を上げ、背後を見ると、この世のものとは思えないほどおどろおどろしい顔つきのエスターが立っていた。

「──ひぃっ!」

 僕が思わず小さな悲鳴をあげると、エスターは小動物なら殺せそうなほど鋭い目つきで僕を睨みつけ、襟首を掴むと引きずって食堂を後にした。

 あまりにもエスターが恐ろしく、なぜ僕が後頭部をど突かれてスープに顔面をホールインワンさせられた挙句、引きずられて朝食を中断させられなければならないのかは訊けなかった。

 エスターは階段も御構いなしに引きずっていくせいで僕の体はいたるところが痛んだ。しかし振りほどくことは疎か、声を上げるだけでもその後にどのようなことをされるのか分かったものではないから、歯を食いしばってエスターが落ち着くのを待った。

 エスターがようやくわけを話してくれたのは、列車の中だった。そう、僕は意味も分からず引きずられるがままに列車に乗せられたのだ。

「……そうですか」

 話し終えて興奮気味のエスターに対して僕は対照的に、そして冷えたように半ば呆れながら言った。するとすかさずエスターの肘鉄が脇腹を抉るように直撃し、空間から突如として空気が消えたかのように息ができなくなった。

 ──なんでここの人たちは揃いも揃って言葉の前に手を出すのだろうか。

 小さくため息をつくと、心配そうに僕の後をついてきたナスチャが視線から心中を読んで、哀れむように眉をひそめた。


 まだ空に残月が浮かぶ頃、わたしはシェリルに緊急で呼び出された。胸騒ぎがして深い眠りにつけず、眠ってもすぐに起きてしまうというのを繰り返していたのもあり、すぐに寝間着から制服に着替えてシェリルのところへと向かうことができた。

「シェリル、どうしたんですか?」

 そうわたしが訊ねると、シェリルは苦虫を噛み潰したような、普段は絶対に見せない表情で、

「アンジェラが非常にまずい状況にあるわ」

 と重々しげに言った。

「アンジェラが?」

 ──この胸騒ぎはそれだったんだ。

「ではわたしはアンジェラのところへ応援に向かえばいいんですね、分かりました」

 わたしは佩用する武器に手を宛てがい、冷静を装って言うと、

「まだ早いわよ」

 とシェリルがぴしゃりと言った。それから、

「色々と準備していかないと。あの彼女でさえ梃子摺るというのに、身一つで行ったらあなたも彼女の二の舞になるわよ。それに──そもそもあなた、アンジェラが今どこにいるか分からないでしょう?」

 と続けた。

「……はい」

「まず場所なのだけれど……正確なところは分からないのよ」

「えっ、じゃあどうするんですか?」

「私が派遣させたから、だいたいの街は分かっているわ。だからまずはそこに向かってちょうだい。そして……面倒だけれど、市民に聞き込みして探して欲しいの」

「はい」

 わたしは一呼吸置いて訊ねる。

「そもそもアンジェラはどのような理由でそこに向かったんですか? ホロコーストを派遣するってことは、相当な数の被害が出ているってことですよね? それなのに、そのような話題は今のところわたしの耳には入ってきませんでしたよ」

「……神隠し」

「かみかくし……?」

「若い──十代から二十代前半ほどの女性が街から消えていくそうなの。彼女たちが消息を絶つときは決まって『演劇を観に行く』と言うそうよ」

「じゃあその演劇がやっている劇場に行けば分かるじゃないですか。なにも市民に聞き込みなんて面倒なことをしなくとも……」

「それがそう上手くいかないのよ。劇場はテントの設営という簡易的な方法で、突如としと現れて、気がついたら消えているから、追跡するのが非常に難しいの。最初は特異体と思われてインテリゲンツィアが調査したのだけれど、それが吸血鬼の異能だと判明したから、こっちに投げてきたのよ。吸血鬼とあればもちろん始末しないといけないから調査をしているのだけれど、被害報告を受けた頃には撤収して、また別の場所で……っていたちごっこのようなものなのよ。まあ、幸いにも一度の移動ではそこまで動かないみたいだから、見つけること自体はなんとかなると思うわ」

 シェリルは眉間を押さえて続ける。

「吸血鬼の異能は恐らく精神に作用するものよ。だからアンジェラにはよく効いた。いくら余裕そうに振る舞って笑顔を絶やさずにいても、脆弱な部分はなくならない」

 小さく息を吐き、

「──もしかしたらもう……」

 と呟くように言った。

「……そ、そんな、じゃあなおさら早く行かないと! アンジェラが危ないじゃないですか!」

 わたしは居ても立っても居られなくなって駆け出そうとすると、シェリルに止められた。

「エスター、あなたに権限を与えるわ。隊員──ホロコースト以外なら誰でもいいから、役に立ちそうな人を連れて行きなさい。階級は問わないし、その人に任務があったとしても構わないわ。不都合なことは全部私がなんとかするから」

「了解!」

 今度こそ駆け出そうとすると、

「最後に──アンジェラを助けて、お願いよ」

 と悲痛な面持ちで言った。

「……了解」

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