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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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与えられたから、与えよう 中編

 私はあまりにもの寒さで目を覚ました。皮膚が粟立ち、小刻みに震える。

「……ん……あれ……どうしたん……だっけ……?」

 完全に覚醒していない心地よい微睡みの中で私は、満足に働かない思考回路で今の状況を必死に考え、思い出そうとした。

「……んあぁ……あれ……あれ……そうだ……」

 かろうじて出来事を思い出した私はベッドから飛び起きると、片方の腕に電撃のように鋭い痛みが走り、ベッドに引き戻された。

「……痛い……」

 痛みがある腕を見ると、そこには太い針が刺さっていた。それは管に繋がっていて、先には全容量の半分ほど無色透明な液体が入った点滴のパックが吊るされている。

「……なにあれ……なんの……薬……?」

 私はそっとベッドから立ち上がり、吊るされているパックに手を伸ばした。

「……わかんない……なにこれ……」

 複雑で読み方にも苦労しそうな薬品の名称と、原料であろう見慣れない単語が羅列されたものが記されていた。

「……まあ……いいや……これが……刺さっている間は……動けそうにない……いや……でも……もうだめ……か……」

 考えることを放棄した私は再度ベッドで横になり、天井を心ここに在らずと言わんばかりに眺めた。それからふと思い出したかのように点滴の針が刺さっている腕を見た。

「……あ……やっぱり……」

 先ほど見たときよりも赤く腫れていた。

「……漏れてる……どうしよ……」

 渋々考えた結果──。


 ──私は勢いよく針を引き抜いた。固定のために使われていたテープを剥がすことなく、強引に力で解決した。すると傷口から血液がぷっくりと滲み出て、表面張力で耐えきれなくなった分がだらだらと流れ出した。

 当然ながら痛みはあったが、耐えられないほどのものではないし、そもそもこの程度の傷は誤差に等しいため、問題はない。

 私は大きなため息をつく。それからもう一度起き上がり、各ベッドを仕切っているカーテンをそっと開けた。

「……誰も……いない……」

 医務室のくせに医療従事者が一人もいないのはいかがなものだろうかと思ったが、よくよく考えたらレジスタンスとはそういう組織であった。訓練生時代に基本的な処置は学んでいて、採血の一つや二つぐらいであれば容易なのだ。だから滴下する量はともかく、点滴を入れること自体はできるだろう。

「……誰が……やった……だろうか……シェリル……? ……あの人が……? こんなに……うまく……?」

 にわかには信じがたい。なぜならシェリルの採血を含めた一連の医療行為の腕前はレジスタンスの組織の中でもぶっちぎりの一位で下手であるからだ。それが公になったのは、シェリルが訓練施設の施設長になってすぐ、医療の実習を本来の担当の代わりにしたときだった。その際、三回刺し間違えた挙句、『ちょっと注射器の調子が悪いみたいね』と宣い、その後五回ほど刺したあと、それを見兼ねた元ホロコースト部隊の職員がシェリルを羽交い締めにした話は有名だ。

「……そんな……まさか……」

 私は腕を組んで考えていると、医務室の扉が勢いよく開いた。

「ヴィクトリア! 目が覚めた──って起きているわね、おはよう!」

 朗々とした態度のシェリルは私の顎に手を当て、もう片方の手で片目の下の皮膚を引っ張った。

「少しは気分が楽になったかしら?」

「……え……あ……はい……もう……大丈夫です……今すぐ……任務に……本部の指令を……聞きに行かない……と……」

「ああ、それなんだけれども……ヴィクトリア、あなたの任務はなくなったわよ」

「……え……?」

「だってあなたはずっと眠っていたから、他の人を行かせたわよ」

 私は首を傾げた。

「……眠って……いた……ずっと……?」

 シェリルは腕にまとわりついた液体を振り払うように袖をめくり、腕時計を見て、

「そう、もうすぐ眠ってから四十時間が経過するわよ」

 と当然のように言った。

「……え?」

「あまりにも気持ち良さそうに眠っていたから、起こすに起こせなかったのよ。……久しぶりにぐっすり眠れて気分がいいでしょう?」

「……まあ……はい……そうですね……」

 シェリルは柔和に笑って、

「というわけで──あなたの任務はなくなったから、代わりに私が任務を与えよう」

 と仁王立ちして言った。

「……はい……」

 シェリルはポケットから折り畳まれた小さい紙を取り出すと雑に広げて、

「じゃあこの地区の夜間の巡回をお願いするわ」

 と区画を指でクルクルと囲った。整えられた長い爪が紙に擦れて乾いた音が繰り返し聞こえる。

「ここの担当だったはずの隊員は今朝に亡くなってしまったから、代わりをお願いね。ほら、あなたの代わりに任務に行った子よ。残念ながら命を落としてしまったわ」

「……はい……」

 背中を気持ち悪い嫌な汗が伝う。

「その子はブラボー部隊の所属で、実力は申し分なかったのだけれども、吸血鬼の異能力で道連れにされたのよ」

 シェリルは古いアルバムを眺めるような視線で地図を凝視して続けた。

「……はい……」

 心臓が握り潰されそうだ。脈拍は限りなく上昇し、血液が沸騰して血管を破裂させてしまうのではないかと思うほどだった。

「じゃあ、よろしくね」

 シェリルの声がどこか遠くの、別の世界で発しているような気がした。

 私は呆然と、

「……はい……」

 と答えるだけだった。

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