褒めてあげよう 後編
あれから僕はヴィクトリアとの特別訓練を繰り返していき、ようやく‘絶体絶命’という状況下以外でも使えるようになってきた。
鈍い痛みと同時に脳が揺れ、意識が朦朧とした。口には砂が入り、ジャリジャリと音を立てた。それから背中を踏みつけられる。
──どうしよう、まったくもって勝てる気がしない……。
あくまでも絶対絶対の状況以外でも自分の意思で発動できるようになったというだけで、決して思うがまま自由自在に使えるようになったというわけではない。
僕は今、ヴィクトリアと能力を使用しての訓練をしている。そしてヴィクトリアの能力で僕はピンボールのボールのように弾かれ、何十回も地面に叩きつけられた。その度に受け身を取ったり、特異体の能力を使ったり、僕自身の特殊な能力で死を回避したりと頑張って抗っていたが、そろそろ心が折れそうだった。
「……ほら……立って……」
ヴィクトリアは僕の背中をグリグリと踏みつける。
「……そう思うのなら、まずは足をどけるところから始めませんか? 僕の背中は踏み台ではありませんよ」
「……仕方がない……ほら……」
渋々といったようにヴィクトリアは足をどけると、今度は僕の襟首を掴み、強引に立たせた。
「うわっ! ちょっと待って! 待ってくださいよ!」
「……待たない……早く……次……やるよ……」
ヴィクトリアは片手をこちらに向け、能力発動の準備をした。
「そ、そんなぁ……」
僕は急いで近くに転がっていたクレイモアを拾い上げると、こちらに有利な間合いを取って構えた。
「──生きる肉塊……頑張って……」
ヴィクトリアが小さく言うや否や僕の足元が揺れ出した。刹那、地面が放射状に砕けたかと思えば、そこからヴィクトリアのハンマーに生えているものと同様の手が生えてきた。それは大きく振りかぶり、僕の足を掴もうとする。
──このくらいなら、問題なし!
僕はクレイモアで生えてきた手の前腕に当たる部分めがけて薙ぎ払った。腕は今まで切ってきたものと比べたらかなり柔らかく、簡単に切断できた。
ちぎれた手が宙を舞う。切断面からは血が噴き出し、すぐさま地面に引っ込んでいった。
──まったく、気色悪いったらないな。
ため息をつくが、まるでそのような暇はないと言わんばかりに地面から続々と手が生えてきては僕を捕らえようと手を伸ばす。
「うっわ! ちょっときもい! ──っていうか、かなりきもい! 量多すぎ!」
叫びながら僕は一心不乱に前腕を切り続けた。それによって手は一時的に引っ込むが、またすぐに生えてきて、終わりが見えない。仮に終わりがあったとしたら、それはヴィクトリアの集中力が切れたときだろう。しかしとてもではないがそれを待っていたら、負けてしまう。
──どう考えても先に潰れるのはこっちだよなぁ……。
僕はクレイモアを地面に突き立てて、大きく息を吸った。そしてゆっくりと吐き出して、
「──陰、頼む……!」
腹の中でなにかが蠢動するような不快さを感じた。
──よし、来た!
僕は歯を食いしばり、能力を発動する。次の瞬間、特異体は触手のようになって腹部の痣から飛び出した。内臓を食い破られたように激しい痛みを感じた後、それは一つの刃となって僕の半径五メートル以内を切り刻んだ。
地面から生えてきた手はすべて切断され、地中へと戻っていった。
僕は肩で息をしながら周囲を確認する。
──とりあえず一掃はできたけれど……。
砂が舞っていたのが徐々に落ち着いていく。するとそこには無傷のヴィクトリアが立っていた。その場でハンマーを振り回しながら、
「……もう少し……精度を……上げようか……その程度の……速度じゃ……当たらない……私はもちろん……セフィラたちには……絶対に……無理……」
と言ってマフラーで口元を覆った。それから片足を引いて、
「……とりあえず……今度は……これを……対処……して……」
と続けて、ヴィクトリアは手を振り上げた。
僕が瞬きして視界が鮮明になったと思ったときには、猛烈な窒息感に襲われていた。足は地面から離れ、体は重力に逆らって宙に浮いた。
あの一瞬で僕はヴィクトリアの特異体に捕まった。突然、地面から大きな手が生えてきて、僕の首を捕らえたかと思えば、そのまま持ち上げられてしまった。
喉を圧迫されて声が出せない。足をバタバタと動かしてもがき、首を掴んでいる手をペチペチと叩くが、まるで意味がなかった。
──もう一回やらないと……。
「……来い……陰……」
腹部へと神経を集中し、痛みと不快感を恐れながらも祈った。そして僕は歯をくいしばる。
「──っ!」
腹を食い破られるような痛みに目を見開き、唸り声を上げる。
するとまもなく特異体は先端を鎌のように形を変えて、僕を掴んでいる手の手首を切りつけた。だが刃は半分ほど刺さるだけで、切断には至らなかった。
──硬い……!
僕はすぐさま刺さっている鎌を引き抜こうとしたが、ヴィクトリアの特異体の断面は刺さった瞬間に修復が始まっていたから、刃を圧着するように押さえていた。
──うわっ……クソ……抜けない……!
僕は暗くなりつつある視界と速度が低下していく思考の中、特異体に次の命令を出した。すると特異体は即座に元の触手の状態へと戻り、摩擦を低下させると、どうにか抜くことができた。そこから間髪入れずに形状を変化させる。
──これで切ってくれよ!
触手は二本に分かれて刃を作り上げると、手首を挟み込むようにして切りつけた。
ギチギチと音を立てながら刃は少しずつ進んでいく。
──行け、行け、行け! 早く切り落とせ!
刃が骨のように硬い芯の部分に当たる。もちろんそれも切断するつもりだったが、これ以上刃は進まなかった。
四肢の末端の力がセーターから出た糸を引っ張るように、するすると抜けていく。
「……残念……これは……簡単には……切れない……」
ヴィクトリアがこちらに手を向けて、握りしめた。次の瞬間、僕の首を掴む手の握力が増し、さらに締め付けられる。それと同時に刃が刺さっている部分の内部が沸騰したように蠢き、刃を押し出そうとしている。
──負けて……たまる……か……。
混濁した意識の中で僕は抗った。しかしそれも虚しく散っていった。
暗闇の中、僕は目の前に毛玉のように丸い物体がいるのを視認した。それを注視すると、霧散してしまい、いつものひとりぼっちな未来を選択する空間になった。
──なんだったんだ……?
僕は再度復帰するべく、発生しうる最善の未来を探した。
──これだ。
そして未来を選ぶ。
手首に刺さっていた刃を引き抜き、再度鋭利な刃に変形させると、天高く持ち上げた。それを一気に‘脆弱’な前腕のある一点へと叩きつけた。皮膚を裂き、傷一つつかなかった骨を両断した。
「……うそ……」
切断された手ごと僕は地面に自由落下していく。意識がない今、受け身を取ることはできない。
「……頭から……さすがに……まずい……」
ヴィクトリアが姿勢を低くして駆け出す準備をして、目測する。それから小さく息を吐いて、地面が砕けるほど強く踏み切った。閃光のように進み、目測した僕の着地点に到着した。
「──!」
腕を前に出して受け止めようとしていたヴィクトリアは咄嗟に地面を蹴ってその場を離れた。直後、腹部から出ていた触手は棘となって地面に突き刺さり、僕は空中で停止した。
危うく刺さるところだったヴィクトリアが呆然とこちらを眺めて、
「……ほんと……瀕死だと……セシリアって……強い……」
とポツリと言った。




