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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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褒めてあげよう 前編

 なでなで……なでなで……。

 僕は頭を撫でられる。

 なでなで……なでなで……。

 僕よりも背の低い少女がつま先立ちをして僕の頭を撫でる。

 なでなで……なでなで……。

 深緑色のマフラーを巻いた薄いピンク色の髪の少女の内心を、僕は読むことのできない。だから僕は頭を差し出して、少女の気が済むまで撫でさせた。

 何分が経過したのだろうか。数えるのをやめてからしばらく経過した頃、ようやく少女は僕の頭を撫でるのをやめた。

「……満足しましたか?」

 僕が訊ねると、少女はコクリと頷いた。

「それにしても……ヴィクトリア、一体どうしたんですか? そんなに僕の頭を撫でたかったんですか? もしかして……寂しかったとか……?」

 僕は冗談混じりにけたけたと笑いながら言うと、ヴィクトリアは視線を逸らして、

「……頑張って……いた……それは……ヴァイオレットから……聞いた……だから……セシリアの……頭を……撫でる……当然の……こと……」

 と頬をぽりぽりと掻いて恥ずかしそうな仕草をしながら答えた。

「ありがとうございます。僕にはあまり頭を撫でてもらった記憶がないから、新鮮だし、満たされる感じがして良かったですよ、ヴィクトリア」

「……喜んで……もらえた……良かった……嬉しい……」

 ヴィクトリアの人工的な声に、僅かに感情が込められているように聞こえた。それ以外にも、その場でぴょこぴょこと跳ねており、非常に機嫌が良いのが見て取れた。

「……じゃあ……そろそろ……始めようか……」

 ヴィクトリアは特異体から生み出された大きなハンマーを両手で持ち、構えて僕を見据えた。

「はい! よろしくお願いします」

 僕も自分の得物であるクレイモアを握りしめて剣先をヴィクトリアに向けて言った。

「……ヴァイオレットから……聞いた……極限状態に……すると……能力が使える……だから……私は……容赦……しない……死なない程度に……殺す……覚悟……して……」

 ヴィクトリアが究極の矛盾を言ってから小さく息を吐いたと思えば、次の瞬間──僕の意識は刈り取られていた。

 瞬く間にヴィクトリアは僕との間合いを詰め、一体どこにその力があるのか疑問に思うほど華奢な肉体にもかかわらず、素早く的確にハンマーを僕の頭に当てた。

 僕の反射神経では追いつかないほど早く、無駄のない動きによって一撃で僕は倒れ込んだ。

「──ゴホッゴホッ」

 あまりにもの苦しさから僕は目を覚ました。目の前には水が滴る空っぽのバケツを持ったヴィクトリアが仁王立ちしていた。

「……もしかして、もしかすると、目が覚めないからって意識のない人間にそのバケツに入っていたであろう水をかけたわけではないですよね? なんか体がやけに冷えてびちゃびちゃなのは、きっと気のせいなんですよね?」

 ところどころ咳き込みながら訊ねると、

「……それ……正解……」

 とヴィクトリアはサムズアップして答えた。

「一体どっちに対しての答えですか、それは?」

「…………」

 ヴィクトリアはなにも言わずに目を細めて笑うとしゃがみ込んで、僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ヴィクトリア、なんでなにも言わないんですか? なんか言ってくださいよ。無言で頭を撫でられても困りますって!」

 するとヴィクトリアは眉をひそめて困惑したような表情を見せたかと思えば、

「……良かった……ちゃんと……目が……覚めて……だから……頭を……なでなで……してる……」

 と嬉しそうに笑った。

「……じゃあ話を戻しますけれど、その手にあるバケツは、一体なんの目的で持っているんですか?」

「……話……戻したら……いけない……ほら……立って……もう一回……やる……よ……」

 ヴィクトリアは先に立ち上がると、僕に手を差し伸べた。

「いや、あなた、自分がやらかしたことを自覚してるじゃないですか。だからまたそうやって話を変えようとし──」

 顔面に鈍い痛みが走った。言葉は途切れ、僕は大きく仰け反ったのち、耐えきれずに仰向けに倒れた挙句、後頭部を地面でしたたか打った。

「──痛い!」

 僕がそう叫ぶ一方で、見事なサッカーボールキックを決めたヴィクトリアは満足そうにコクコクと頷きながら、得物のハンマーの持ち手で手のひらをグリグリするように回していた。

「まったく……酷いじゃないですか、ヴィクトリア。なにもいきなり蹴らなかったっていいじゃないですか……」

 案の定鼻血が噴き出ており、涙目になってそれを手で押さえながら独り言のように言うと、

「……蹴る……簡単……かつ……とても……重要……」

 とヴィクトリアは一人で納得したように再びコクコクと頷いた。

「さも当然のように言っているけれど、いきなり蹴るのは人道に反していると思いますよ!」

「……じゃあ……今度から……蹴る……言ってから……蹴る……これでいい……?」

「……それなら……まあ、いいで──」

「……蹴る……」

「は?」

 ヴィクトリアが言い終わったかと思えば、間髪入れずに再び顔面に鈍い痛みが走った。せっかく止まった鼻血も再度噴き出して、最近新調したばかりの制服を汚した。それどころかこの制服は僕の特異体の能力のために作られた特注品のために腹部を露出しており、その皮膚にも血液が付着した。

「そういうことじゃないですよ! いや、おおよそ合っているけれど……とにかく、大した理由もないのに蹴らないでください!」

「……分かった……」

 渋々といったようにため息をついたヴィクトリアは僕から数歩離れて、ハンマーを構えた。

「……じゃあ……続き……しようか……次こそ……ちゃんと……反応してよ……でないと……また……ボコボコに……するから……」

「──え?」

 僕は咄嗟に飛び起きて、近くに転がっていたクレイモアを拾い上げると、そのまま後方に跳躍してヴィクトリアと距離を置いた。一呼吸置いて、僕が寝ていたところにハンマーが叩きつけられ、クレーターができあがった。

「……いやぁ、あれはさすがにナシでしょう! 僕、死にますよ! いや、本当、マジで容赦ないですね、あなたは!」

「……大丈夫……同化……していたら……即死……欠損……以外は……全部……かすり傷……だから……」

 ヴィクトリアは頬をぽりぽりと掻きながら言った。

「あれくらったら頭が欠損しますよ、絶対!」

 僕が否定すると、ヴィクトリアは絶妙な間を置いてから、

「…………そうかも……」

 と肯定した。

「分かっているのなら、もっとお手柔らかにお願いします!」

 ヴィクトリアはハンマーを両手で持って構えると、

「……善処……する……」

 と言って踏み込んだ。

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