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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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現実は異なって 後編

 アタシは死んだと思った。しかしなぜか体は動くし、頬を引っ張れば痛みを感じる。お腹は空くし、食事をすれば満足感が得られる。特異体と対峙する前に読んだ新聞の隅に書かれていた四コママンガは、今日読んだ新聞の四コママンガの伏線になっていた。

「……信じられないなぁ」

 アタシは今日も食事をする。病院の薄味で、食べなれない美味しくないものを。シェリルから看護師を通じて差し入れられた塩胡椒を親の仇のように振りかけて、ようやく食べられたのだ。

「……ありゃ、もうなくなっちゃったか」

 アタシは空っぽになった塩胡椒が入った瓶を逆さにして底を叩いて言った。それからまだ残っている料理を見て、

「……塩胡椒、届かないかなぁ」

 とポツリと言った。

「……届くわけないか。……いくらホロコーストから外されても、あの人はかなり人望があるから、相変わらず忙殺されているんだろうな」

 アタシは水に等しい冷めたスープを口に運んだ。

 そしてため息をつく。すると病室の扉がリズミカルに叩かれた。

 想定外の来客に心臓が飛び出しそうになったが、どうにか抑え込み、

「どうぞ」

 と言うと、扉が勢いよく開いた。

 部屋に入ってきたのは、松葉杖をつきながらも覚束ない足取りでゆっくりと進むシェリルだった。

「シェリル! なんで足が生えているんですか! というか手も!」

 アタシは思わずそう言った。最後に会った、特異体と対峙する前には確かに足は無くなっていたのだ。それが今となっては元通りになっている。

「トカゲの尻尾のように簡単に生やすことができるんですか?」

 そう訊ねながらアタシは部屋に置いてあった折りたたみ椅子をベッドの近くに設置して、シェリルに座るよう促した。

「ふふーん、そうなのよ。私、今回ばかりは頑張っちゃったわ。だからこうやってほとんど元通りなの」

 自慢げに言って手を閉じたり開いたりしてみせた。

「義手……にはとても見えませんね。とても細やかに動くじゃないですか」

「見えないでしょう? 本物そっくり、とても欠損していたようには思えない出来! ──んで、これはお抱えの技師と医者に作ってもらったのよ」

「はあ……お見事です。でもお高いのでしょう?」

「貯金の半分を持っていかれたわ。私だって頑張って経費で落とせるように経理と交渉したのだけれど、二回断られ、三度目の正直で頼んだら、頬を引っ叩かれたわ。だから義手に仕込んである針を撃ち込んであげたのよ。そうしたら半分は経費で落としてくれることになったの」

 ──経理の人もシェリルに絡まれて災難だったなぁ。……多分、吸血鬼に襲われるぐらい不幸な出来事だよ、それは。

「それは……おめでとうございます。良かったですね、半分でも通って」

「そうそう、全額払えって言われたら、私、破産するわよ」

 ──ホロコースト部隊に所属していた人間でも破産する額って……一体どれだけ高いんだ、その手足は。……いやまぁ、脳からの指示を受け付ける高性能だから仕方がないのだろうけれど。

「……ところでシェリル、あなたは手足が生えてきたことをアタシに報告しに来たわけではないのですよね?」

 そう訊ねると、シェリルは首が捥げんばかりに縦に振り、

「これを渡しに来たのよ」

 と言って羽織っている白衣のポケットから一つの小瓶を取り出した。中は細かな白と黒の粒で満たされている。

「これは……まさか……!」

 アタシはそれを受け取るや否や冷めたスープに振りかけ、一気に飲み干した。

「シェリル! ありがとうございます! ちょうど切れていたんですよ、助かりました!」

「ふふー、私ってば気が利くでしょう?」

「はい! シェリル、アタシは一生ついていきます! この恩は忘れません!」

「じゃあ付いてきて」

 シェリルはとても淡白に言った。

「はい?」

 アタシは首を傾げた。

「同化したのよね?」

「はい」

 アタシが答えると、シェリルは小さく息を吐いてから、まだ料理が入っている皿を手に取り、

「食らえ!」

 という活気のある声でアタシの口に叩きつけた。皿が歯に当たり、ゴンという鈍い音がした。

「痛い!」

 そう叫んでから口元を押さえながらも残りの料理を咀嚼していると、今度はシェリルはアタシの首根っこをひっ掴み、ベッドから引きずり落とした。

 硬い床に背中をしたたか打ち付けて涙目になっているアタシのことなど興味がないように、シェリルは松葉杖を使いながらも器用にアタシの首根っこを掴んで部屋から出て行った。

 アタシは床を掃除する雑巾のように引きずられて病棟を後にした。


「……それで……なんですか? ここに連れてきて……」

 アタシはレジスタンス本部の近くにある武道場まで引きずられてきた。その結果、病衣は真っ黒で今にも脱ぎ捨てたくなるほど汚くなっていた。

「さあ、やるわよ!」

 シェリルの声から熱意が伝わってきた。一体今からなにをするのかは分からないが、きっとロクなことではないのは本能で理解した。

「なにを……ですか……?」

 アタシが苦虫を噛み潰したように訊ねると、

「そりゃあもちろん──」

 突如としてアタシの視界は歪み、テレビの電源を落としたように暗くなったかと思えば、一瞬で明るくなった。

「……あれ? どういうことですか、これは……」

 アタシは自分を俯瞰していた。

「これが私の能力よ」

 シェリルは自慢げに笑う。

「あなたも同化で能力が得られたはずだから、それを使えるように今から訓練するの。ほら、立って立って。やるわよ」

 そう言ってシェリルが手を差し伸べ、アタシがその手を取って引っ張り上げられた瞬間に視界は元の状態に切り替わった。

「──こ、これが……能力……」

 アタシは初めての体験に驚き、心を奪われた。

「無職になってしまったから、私はあなたが能力を使えるようになるまで、とことん付き合うわよ。だから覚悟しなさい」

 真剣な面持ちの中にも僅かに笑みが含まれているシェリルの表情を見て、アタシは一度ゆっくりと頷き、

「お願いします、シェリル」

 と決意を込めて言った。


 シェリルによる特別訓練でアタシが死の境目で反復横跳びをすることになったのを数えるには、両手では足りないほどだったが、半年も経過すれば、拙い動きだが、最低限の能力は使えるようになり、まもなくホロコースト部隊へと昇格した。

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