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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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不幸で幸福な自分は 後編

 ドアスコープを覗くと、そこには黒髪の中肉中背の白衣を着た女性が立っていた。口角を上げて不敵に笑いながら扉をビートを刻むように叩き続けた。

 ──うわっ……なんか変なのが来た……居留守を使うか……。

 アタシはそっと玄関を離れて部屋に戻ると、布団を頭からかぶった。その間も扉を叩く音は鳴り止まなかった。

 ──どうしよう……警察を呼んだほうがいいのかな……でも……使ったら絶対に音でバレるよな……ああ、もう……どうしたらいいの……!

 布団にくるまってプルプルと震えていると、ガチャリと扉の鍵が開く音が聞こえた。

「──ひっ」

 思わず声が漏れる。

 ──な、なんで鍵が開くのさ……鍵を持ってるの……?

 続けて錆びた蝶番がきい、という甲高い音をさせながら扉が開いた。

 ──どうしよう。

 アタシは布団から顔を出して部屋を見て、なにか武器になりそうなものを探した。すると部屋の隅に立てかけられた、普段の部活動で使用していた一本のロングソードが目に入った。

 ──あれで殴り倒せばいいのか……勝てるかな……いや……でも……あんな見た目でも強いかもしれないし……。

 決断できないまま布団をかぶって頭を抱えていると、ピンヒールのコツコツという高い足音が聞こえてきた。

 ──ああ! もうダメ! 誰か助けて! お願い!

 脈拍が上昇し、手足が小刻みに震え、背中は嫌な汗をかいた。それに加えて吐息は荒く、過呼吸になりかけていた。その間にも足音は徐々に大きくなっていく。

『ヴァイオレットー、いるのでしょう? 返事をしてちょうだいよー』

 足音に混じって女性の声がした。それだけでも心臓が飛び出しそうになったが、名前を呼ばれたのも相まってアタシは生きた心地がしなかった。

 ──なんなの……! 一体なんなのさ……! なんでアタシの名前を知っているの……? なんで家に入って来られるの……? なんで……なんでなんでなんで……?

 口の中が砂漠のように乾き、粘膜同士がペタペタと張り付くような感じがした。空気を吸っているのにもかかわらず肺は貪欲に空気を求めてさらに吸い込もうとしていた。

 今にも叫び出してしまいそうだった。それを抑え込んでいるのは理性ではなく本能で、叫んだから頸動脈を搔き切ると首に鋭利な刃を宛てがわれて脅されているような気がしたから、どうにか叫ばずにいられた。

『ヴァイオレットー、ヴァイオレットー、別に私は怪しい者じゃないわよー』

 足音が止まった。一拍置いて、アタシが被っている布団が剥がされた。そしてアタシの体に窓から差し込む日光が当たる。

 その瞬間、アタシはベッドから跳ね起きて部屋の隅に立てかけられたロングソードを手に取り、素早い動作で抜いて両手で持って構えると、剣先を布団を剥いできた女性に向けた。

 足は震えているが、コンクリートで固めたようにその場から動けない。だからその場から一歩も動くことなく女性を見据え、女性が次にどのような行動をしても剣で受け流せるように構え直した。

 ロングソードを持つ手は蛇に睨まれた小動物のように震えている。

「……だ、誰だ……アンタは……」

 アタシは訊ねた。しかし女性は答えない。

 女性は手に持っていた先ほど剥がした布団をベッドに放り投げると、体勢を肉食獣のように低くして、こちらを見据えた。

「私は──」

 女性は小さく息を吐いた。

 そこでアタシの意識は途絶えた。正確に言えば、女性が目にも留まらぬ速さでアタシとの間合いを詰めて、手刀を首に叩き込んだのだ。


 そして次に目が覚めたとき、視界に入ったのは見覚えのない天井だった。白色の汚れていない清潔感のある天井だ。

「……ん?」

 アタシは不思議に思ったが、それよりも頭痛が酷いせいでまるで思考が回らないから、考えるのをやめた。

 呆然と天井を眺めていると、扉が開く音がした。アタシは横になったまま目だけを動かして音がしたほうを見ると、そこには黒髪に白衣というあまり良い記憶がない女性がいた。

 女性の手にはトレイがあり、プラスティック製の食器が載せられていた。そのうちのいくつかはもくもくと湯気が出ていて熱そうだった。

 ──なんだ……今度はアタシになにをするつもり……?

 訝しげに女性の様子を見ていると、女性はアタシが寝ているベッドの近くに設置された小さめな引き出しの上にトレイを置くと、部屋にある椅子をベッドの隣に持ってきて、そこに腰を下ろした。

 女性は足を組み、わざとらしく咳払いをすると、トレイに載せられた美味しそうな料理にスプーンを入れた。

 中身はどうやらスープのようで、そこから漂う匂いがアタシの空腹の胃を刺激した。

 ──飲みたい。

 だがその願いも虚しくスープをすくったスプーンは女性の口へと運ばれていった。

 ──欲しい……というか……それ……アタシのために持ってきたものじゃないの……?

 そのあとも黙々と女性はトレイに載せられた料理を食べていき、挙句、食後にはコーヒーとチョコレートケーキも食べていた。その間、アタシはずっとお腹を鳴らしていたが、女性には聞こえていないのか、はたまた聞こえていないフリをしているのか、まったく気にもとめられなかった。

 コーヒーを一滴残らず飲み干して、ようやく女性はこちらを見て口を開いた。

「初めまして、ヴァイオレット。私はシェリルよ。これからあなたの上司になるわ」


 こうして意味が分からないままアタシはレジスタンスに入隊させられた。途中、何度かシェリルと名乗る女性に経緯の説明を求めたが、のらりくらりと躱されて、未だ答えてもらっていない。

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