表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵の少女  作者: 高城ゆず
153/196

欠乏していた 前編

 僕は努力していた。それは間違いない。しかしそれが十分な量かと問われたら、僕は確証を持って首を縦に振ることはできないだろう。

 シェリルの計らいで同化した今、ホロコースト部隊の人たちと特別訓練をしているが、その度に自分が嫌になる。あの人たちはきっと血反吐を吐くような努力をした上で、人並み外れた才能と幸運を持っているのだろう。だから今の地位にいる。

 だが僕はどうだろうか。十分な努力はできていないし、才能だって大してない。強いて言えば、今まで幾度となく死にかけたが、死ぬことはなかったという程度の幸運だろう。

 ──ダメなのか、僕は。

 僕は俯いた。自分の不出来に嘆き、叫び、今にも逃げ出したいという気持ちを深層に押し込んだ。他にも劣等感、罪悪感、絶望感などありとあらゆる負の感情も押し込んだ。そして蓋をして、その上に大きな石を置いて、それらが出てこられないように封をした。

 ──ダメだ、やらないと。早くヴィオラを助けないと……。

 奥歯を噛み締めて前を向こうとした次の瞬間──。

 ──体が水平に吹っ飛んだ。

 猛烈なみぞおちへの圧迫感と鈍痛と共に僕は十数メートル後方に転がった。受け身を取れず、背中から着地してしたたか打ちつけると、二、三度転がってからようやく止まった。

 胃がえぐり取られたかのようにみぞおちが、背中にガソリンを塗りたくってから着火して、燃え上がったかのように痛んだ。

「……うぅ……あ、あぁ……」

 肺の中の空気が押し出され、口から漏れる。そして押し潰された肺が元の形に戻らないようで、非常に息がしづらい。

 胸をぐっと押さえながらゆっくりと立ち上がり、覚束ない足取りで元いた場所へと戻った。

「……もう僕にはできないですよ。どれだけやったって無駄なんですって」

 そう言って僕は羽織っているコートの裾を手でバタバタと払った。転がった拍子に付着した砂が散る。

「そんなことを言ったってアタシはシェリルに、『この子に同化の能力を使えるようにしてあげて』って頼まれたんだ。だから時間が許される限りはやらせてもらうよ」

 女性の少し低い声がそう言った。

 僕が顔を上げると、目の前には指の関節をポキポキと鳴らしている、僕よりも頭一つ分以上背の高い女性が仁王立ちしていた。

「なぁに、すぐできるようになるさ。レイチェルは教え方が下手だっただけで、アンタが無能なわけじゃない。だから安心しな。まあ……あとはアンタの努力次第ってところだな」

 女性は胸を張ってハツラツに笑い、僕の肩をペチペチと叩いた。

「あ、姉御ぉ……僕はもう努力できません……もう無理なんですってぇ……」

 僕は涙声で頭を抱えながら叫ぶように言った。そしてその場にうずくまる。

「ほら、立ちな。アタシがなんとかしてやるから」

 女性は僕に手を差し伸べた。他のホロコースト部隊の人がやると、死神か獄卒といった恐怖の対象になるのだが、この人に限っては女神に見えた。

 僕が姉御と呼んだ女性──ヴァイオレット・テイラーは特異体『渇望の女王』と同化したホロコースト部隊の人間だ。

 そう、この人と言えば──僕が初任務のとき、アルコールハラスメントをしてきた人でもある。この特徴的なアメジストのように美しい紫色の髪や瞳、羨ましい限りの豊胸は早々に忘れはしない。

「じゃあもう一度やるからな」

 ヴァイオレットは小さく息を吐き、

「欲を満たせ、女王」

 と呟くのと同時に、僕を抱き寄せた。体格に恵まれたヴァイオレットの力は強く、同化しているとはいえ痩身の僕は簡単に動かされた。

 次の瞬間、ヴァイオレットと僕が立っているところを中心に半径五十センチメートルを除いて、辺りの半径十五メートルの地面に銀色をした金属の棘が隙間なく剣山のように飛び出した。それも長さは一メートルほどあり、突き刺さったら確実に致命傷になることが伺えた。

 当然ながら先ほどまで僕が立っていたところにも棘は生えており、ヴァイオレットに抱き寄せられていなければ僕は串刺しになっていたであろうことが容易に想像できた。

「ほら、簡単だろう?」

 成人済みの女性とは思えないほど幼く笑ってヴァイオレットは言った。

「セシリア、体内になにか渦巻いているものは感じられないか?」

 先ほどとは打って変わって真剣な表情で僕と同じ目線の高さに膝を曲げて姿勢を低くすると、耳元で言った。それからヴァイオレットの手は触手のように僕の体に纏わり付いた。

 僕が頭を縦に振ると、

「それは霧だ。濃霧なんだ。それも飛びっきり濃いやつだ」

 と続けてヴァイオレットは僕の目に手を当てて視界を奪った。

「だが逆に言えば、それはただの霧だ。だからその中から目的のものを引きずり出せば済むんだ。大した脅威じゃない。──さあ、やってみるんだ」

 ヴァイオレットは僕の肩を叩き視界を遮っていた手をどけた。

 明るい光が広がった瞳孔に入ってくる。

「陰!」

 僕は腹部に力を入れて叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ