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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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穴の空いたバケツ 後編

 ポツリ、ポツリ、ポツリ──。私は点滴の滴下を凝視する。

 ポツリ、ポツリ、ポツリ──。他になにかするわけもなく、ただひたすら見つめ続ける。

 ポツリ、ポツリ、ポツリ──。

 未だ私は拘束されて薬を投与されている。部屋の窓から入ってくる光の数を数え続けて、私が目を覚ましてから今日で六日目だ。なにひとつとして食べさせてはもらっていないが、空腹は感じなかったし、極端に痩せるようなこともなかった。きっとこれは日に数回、薬に加えてもう一つ点滴が増やされていた栄養剤の類いのおかげだろう。

 ポツリ、ポツリ、ポツリ──。

 ──それにしても暇だ。暇すぎる。なにもすることがないじゃん。

 拘束されていて痒いところの一つも掻けないこの生活にうんざりしていた。もちろん、点滴の交換や清潔に保つために体を拭きに来た看護師に拘束具を取るように頼んだことは何度もあったが、その希望を聞き入れてもらえたことは一度もなかった。


 それから何日経過したか覚えていない。厳密に言えば、三十日までは数えていたが、まるで生活に変化はなく、無駄だと感じたから数えるのをやめた。その間もずっと武装した男たちは私を監視していた。

 さすがにここまでずっとベッドの上で横になって使わないでいると、いたるところの筋力が低下し、また昔のように体は痩せ細ってきていた。今、突然拘束具を外されたところで動ける気はしないから、半ば諦めのように私は、ずっとこの生活が続けばいいのに、と思い始めていた。

 同じ日が繰り返され、私の意識は起きているのか眠っているのか分からなくなってきた。生命としては生きているが、人間としては死んでいる、そのような狭間で私は生き続けた。

 終わりの見えない日々。なにもすることのない日々。しかしそれももう慣れた。なにも考えず、目を閉じて呼吸をする、ただそれだけだ。

 しかしそのような日々は突然大きく変化した。

 ある日、病室の扉が乱暴に叩かれた。普段、看護師が入るときは三回、決まったリズムで常識的な大きさの音でノックされる。だがこれは異なった。リズミカルに扉が壊れそうなほど強い力で何度も何度もノックされたのだ。

 すると病室で私を監視している武装した男たちが扉のほうへと一斉に銃を向けながら、インカムを使って指示を仰いでいた。

 それに気づいた扉の向こうにいる人はノックをやめて、

『やめてやめてやめて──! そんな道具を使って私を蜂の巣にしようとしないでほしいわ! まったくもう……!』

 と女性の声で言った。それから、

『入ってもいいかしら? 私よ、シェリルよ。──聞いているのでしょう? だったら早く入れてほしいわ』

 と続けた。すると武装した男がインカムからの声にはい、と答え、他の人たちに銃を下ろすようにハンドサインを送った。

 すると扉がゆっくりと開いた。

「こんにちは。はじめまして、レイチェル」

 そう言いながら白衣を羽織った黒髪の女性がパイプ椅子片手に入ってきた。

 女性は私の隣にパイプ椅子を設置して腰を下ろし、優雅に足を組んで口を開いた。

「単刀直入に言うわ。レイチェル、あなた、レジスタンスに入隊しなさい」

 女性の鋭い眼光が私を貫いた。私は拘束されて横になったまま、

「ま、待って……どういうこと……? レジスタンス……? 入隊……? というかあなたは誰……?」

 と訊ねた。しかし女性は耳を傾けることなく、

「はい、もう決まったわ。そして書類も既に用意したわよ」

 と言って白衣のポケットから一通の茶封筒を取り出した。さらに封を開けて、三つ折りにされた紙を引っ張り出すと、広げて私に見せつけた。

 私が首を傾げると、女性はハッとした顔で白衣の内ポケットからバタフライナイフを出して、私を縛り付けていた拘束具を切りつけた。私の力ではどうにもならなかったそれはいともたやすく切断され、私は解放された。

「はい、これで書けるわね?」

 女性は私に紙と高級そうな万年筆を渡してきた。それを流れのまま私は受け取ったが、紙を一瞥した後、女性の顔を見て再度首を傾げた。

「……ほら、ここに名前を書くの。レイチェルって」

「それは分かるけれど……こっちのフォスターって?」

「見ての通り、あなたの名前よ」

 女性は書類の名字の部分を指先でつついて答えた。

「──んな、バカな。私のファミリーネームはクルス。レイチェル・クルスよ!」

「いや……だって……もう、レイチェル・クルスって人間は死んでいるわよ。戸籍上は存在しないの。し、ん、だ、の。分かる?」

 女性は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて諭すように言った。

「じゃあここは死後の世界ってこと?」

「いいえ、現世よ。あなたも私もバッチリ生きているわ。──もう、つべこべ言ってないで早くここにサインしちゃいなさい。それとも……字が書けないとか?」

「そ、そんなことない……私にだって字くらい書ける……」

 私は受け取った万年筆のキャップを外して、フォスターの前の部分にレイチェルとサインした。

「はい、ありがとう。じゃあ改めて──」

 女性はパイプ椅子から立ち上がり、両手を大きく広げて、

「ようこそ、レジスタンスへ。レイチェル・フォスター。私はあなたを歓迎するわ」

 と声高に叫んだ。それからゆっくりと腰を下ろして、

「私はシェリル。シェリル・クラークよ。はじめまして」

 と言って横になっている私に手を差し伸べた。私はよく分からないままシェリルと名乗った女性の手を掴んだ。


 こうして気がついたら私はレジスタンスに所属していて、刃物片手に吸血鬼をバッサバッサと薙ぎ倒していた。

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