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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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穴の空いたバケツ 中編

 列車が駅に到着した。そこで降りた私は、家が徒歩圏内になるところまで行くローカルなバスを探した。とてもではないが、この駅から自宅までかなり距離があるから歩きたくない。

 私は時刻表を見る。するとまもなくバスが出発することが分かったから、私は急いでバスターミナルへと走っていった。これを逃したら次は二時間後になってしまうほどの田舎だから、乗り遅れることはできない。

 ギリギリのところで乗車できた私は隅のほうの席に座り、窓外の景色を眺めた。なんの変哲もない田舎の田園風景が延々と続く。

 ──この後どうしよう……早く仕事を探さないと……。

 私が身請けされるとき、あの成金野郎は弟妹が成人するまでは最低限の生活ができるように面倒は見ておく、と言ってくれた。その言葉はにわかには信じられないが、心のどこかではそれに縋っていた。もしかしたら私も働かないで学校に行かせてくれるのかもしれない、と。

 淡い期待を抱きながら私は最寄りのバス停で降車し、歩き始めた。ここから徒歩一時間程度で家に着く。

 ──なにもここまで不便なところに住まなくてもいいじゃん……街に出る手段のバスに乗るために徒歩一時間って正気じゃないでしよ。

 ため息をつきながら私はとぼとぼと歩いて久しぶりの地元の風景を見た。しかし私は懐かしさよりも、違和感を覚えた。

「……なに……これ……」

 鼻腔を漂い離れない嫌な臭い。血液と腐敗となにかよく分からないものが混じった、不快さを極めた名状しがたい臭いだ。嗅いだ瞬間、胃の底面が沸騰している水のようにグツグツと動き、中身がそれに押し上げられて噴門へと込み上げるように感じた。

「……なにが……起きているの……?」

 異臭を嗅がないように鼻を押さえて口で呼吸しながら私は歩き続けた。すると辺りは少しずつ暗くなり、まもなく時刻は黄昏時を迎える。

 明かりとしては心もとない残陽が照らす道は赤かった。しかしそれは夕日の赤ではなく、血液の赤であった。それは道のずっと先へ──私の家のほうへと続いている。

 しかし血液が付着してから少なからず時間は経過しているようで、地面に吸収されていて、そこからは色と僅かに漂う鉄っぽくて生臭い異臭がするだけだった。それは空気中を漂う名状しがたい異臭とはまた異なるものであった。

「事件……? 事故……? 一体なにがあったの……?」

 私は恐る恐る歩を進めた。その足は緊張して強張っており、機械仕掛けの人形のようにぎこちなく動いた。

 異様な臭いは強くなる。それと同時に加えて私が追っている血液の道の色も濃くなっていった。

「……あ、あぁ……いやだ……もう……なにも……起きていませんように……」

 うわ言のように言葉が私の口から漏れる。

 生まれてこのかた神などという不確かな存在に縋るようなことはしてこなかったし、している人を軽蔑してきたが、私は今、ようやくそうする理由を理解した。

 たとえ不確かな存在だとしても、それに縋るしか方法がないのだ。逆に言えば、それに縋らないと生きていけないのだ。

 ──お願いします、なにも起きていませんように。

 私は祈った。ただ家族になにも起きていないことを祈った。それも手を合わせて呪文でも唱えているかのように、だ。

 しかしその願いは儚くも散っていった。

 家に到着した私は扉を開けた。恐る恐る、ゆっくりと。すると扉は力を入れて動かしていないのに、勝手に外に開いた。

 一瞬、建て付けが悪くなったのかと思ったが、すぐにその可能性は消え去った。

 私の足の上になにか重いものがゆっくりと落ちた。冷たくもねっとりとした感触に全身の皮膚が粟立った。それをできれば確認したくなかったが、せざるを得ないから私は視線を下に向けた。

 それは一番下の妹だった。

 体は冷え切っていて、前に会ったときの皮膚の色とは似ても似つかない、マネキンともまた異なった、血の気の引いた気味の悪い色をしていた。

 そして扉と妹の体にはべったりと赤黒い液体が付着していた。そこで気がついた。妹の体は──。

 ──腰から下がなくなっていた。

 幽霊のように膝上の丈のワンピースの裾からはなにも出ていないのだ。その代わりに白いはずのワンピースは真っ赤に彩られていた。

 玄関から廊下を見渡す。すると少し離れたところに二本の白くて細長い物体が転がっているのを確認した。

 そう、確認したのだ。

 そこから私の記憶はなくなっていた。次の記憶は、見知らぬ病院で全身を拘束されていたということだ。

 どうしてこうなったのか経緯は分からないが、とてもではないが逃げられそうにはなかった。それは拘束されているというのもあるが、私の周りには黒ずくめの格好をして両手で持たなければならない大きさの銃を持った体格の優れた男たちが立っていたからだ。

 ──どうして掬ってもらったのにこぼしてしまうのだろう。

 そして私の体に薬が投与された。前腕に固定された針には点滴のパックが繋がっており、秒針が時を刻むのと同程度の速度で薬が滴下していた。

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