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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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引きずり出しましょう 後編

 僕は医務室のベッドの上でコロコロと転がっていた。腰を曲げたり反らしたりして関節の音を鳴らしながら口を開く。

「やっぱ無理ですって……僕にはできません」

 首を横に曲げて特別大きな音を鳴らした。一瞬、首が折れたのかと勘違いするほど良い音をさせていると、

「なぜ無理だと思うの?」

 とベッド近くに置いてある椅子に足を組んで座っていたレイチェルが立ち上がり、僕の顔を覗き込んで訊ねた。

「……だって……さっき首を絞めたとき、僕の能力は発動していましたが、同化の能力を使っている未来は存在しませんでしたから……。……もしくは、存在していたとしても、今の僕では引き寄せられないほど遠くにある限りなくゼロに近い確率で存在する可能性があります……」

 僕はレイチェルから視線を逸らして答えた。

「瀕死のときに使える能力がどういうものなのか私は知らないし分からないけれど、一番良く知るあなたが分からないのなら私はお手上げ」

 レイチェルは銃を突きつけられたときのように両方の手のひらを僕に見せた。

「あと、その能力はあまり使わないほうがいいと思うよ」

 苦虫を噛み潰したような顔をしてレイチェルは言った。

「なんでですか? あるもの、使えるものはなんでも使っていかないと……」

 僕は上体を起こしてから言った。

「だって……最初に会ったときもそうだけれど、ロープで首を絞めていたよね? それをやると、どんどんアホになっていくよ、多分。自分一人のときにやったら死ぬかもしれないし、運良く解けても長時間脳に酸素が回っていなければ障害が残る可能性があるよ」

「……それは…………そうかもしれない……ですが……」

 僕は目を泳がせながらレイチェルを視界に入れないように肯定した。それから続けて、

「……ですが……こうでもしないと……僕はなにもできないんですよ。……いつも誰かに助けてもらって……結局自分はなにもしない……」

 と顔を両手で覆い、悲痛に言葉を漏らした。

「いいじゃん、それで」

 レイチェルはあっけらかんとして言った。

「えっ?」

「全部他の人に任せちゃえばいいじゃん。それで今までうまく事が運んでいるのならそれでいいよね。それによって──なにか問題が発生するの?」

 完全に想定外の言葉だった。僕が呆然とレイチェルを眺めていると、レイチェルは続けた。

「全部全部人任せでいいじゃん。もう誰にも期待されていないんだからさ。セシリアの一人がなにもしなくなったところで、なんにも変わらないよ。だからもう無理するのはやめなよ」

 レイチェルは立ち上がり、近くにある棚の上段に置いてあった荷物に手を伸ばした。するとコートが引っ張られ、袖口から細くて白い人形のような腕が見えた。そこには数え切れないほどの切り傷があり、表皮に凹凸が見られた。だがどの傷もかなりの時間が経過しているようで、周りの皮膚よりも白く変色していた。

 ──この人も苦労しているのか。ここんなことになって……。

 僕の視線に気づいたレイチェルが急いで荷物を取り、袖を引っ張って腕を隠すと気まずそうに、そして僅かな恐怖と罪悪感を顔に滲ませて、

「もういいじゃん。頑張らなくたってさ。お互いに守るものはもうないんだからさ」

 と薄幸に笑って言った。

「……お互いにって?」

 僕が首を傾げるとレイチェルは含み笑いをして椅子に腰かけると、

「私、フォスターなんだよね。レイチェル・フォスター。元はレイチェル・クルスだったけれど、その人はもう死んだことになっているよ」

 と粘液が纏わりつくような嫌な感覚を覚えさせる笑みを浮かべて嬉しそうに言った。

「えっ……それって……」

「ちょっと胃もたれしそうな話だけれど聞く?」

 不敵に口角を上げて笑うレイチェル。

「それならホットミルクを飲まないといけないですね」

「そういうと思って……」

 レイチェルは荷物の中から食堂で提供される牛乳のパックを二つ取り出して、カーテンで仕切られたこの空間から出て行った。

 それから三分も経たないうちに電子レンジの加熱が完了したと知らせる音が鳴り、両手に可愛らしい猫の絵が描かれたマグカップを持ったレイチェルが戻ってきた。

 マグカップからは湯気が出ており、熱々なのが見て取れる。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 レイチェルからホットミルクを受け取ると、僕はマグカップにそっと口をつけた。

 ホットミルクには蜂蜜が溶かしてあり、牛乳特有の臭いが消えて、ほのかに甘くなって飲みやすくなっていた。

「レイチェル、僕、ホットミルクでできるこの膜か好きなんですよ!」

 僕は表面に張っているタンパク質と脂肪が加熱されることによって作られた白い膜を口に含むと、上顎に貼り付けて遊んでいた。

「そうなの……? 私はこれ苦手なんだよね。いつもそうならないように気をつけて作っているのだけれど、ときどき失敗するんだよ……」

 レイチェルはため息をついてホットミルクをちびちびと飲んだ。それから小さく息を吐いて、

「じゃあ胃もたれ対策もしたことだし、始めようか」

 レイチェルは足を組んで目を細めて口を開いた。

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