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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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中層の猶予

 金色の手入れの行き届いた長髪をなびかせている長身痩躯の二十代後半ぐらいの男性が扉に手をかける。一挙手一投足すべてが美しく、プログラムされたかのように寸分の狂いもなかった。

 豪奢な衣装を身に纏い、舞台に適した濃い化粧で作られた美しい顔を歪ませて、

「さァてと、今日のオーディエンスにカワイイ娘はいるのかなァ?」

 と悪趣味に口角を上げて笑った。

 金が埋め込まれたように輝く瞳に左目の下に印された[Tiphereth]の文字。目を細めて扉の向こうを見据える。

「──美しくなければ価値はないよねェ」


 扉の先は舞台裏に繋がる廊下ではなかった。

「あれェ? もしかして、もしかしなくても呼び出しィ?」

 ティファレトの前に広がるのはだだっ広い罪の館にある王座の間だ。

「何十年……いや百年を超えるかなァ……本当、呼び出しだなんて珍しいねェ。レオン様、俺になんの用だろう?」

 ティファレトは頬をぽりぽりと掻きながら天井を見上げ、部屋の中央を目指して歩き出した。

「それにしてもこの部屋も無駄に大きいねェ。こんなにいらないんじゃなァい? ほら、俺の所定の位置に来るまでとっても時間がかかったじゃないかァ」

 片膝をつき、首を捻って背後を見た。入ってきた扉からティファレトがいる位置まで三十メートルはある。

「だァれ? 部屋で陸上競技をやろうなんて考えたのは」

 ティファレトの口からため息が漏れ出す。

「俺は舞台以外は動きたくないんだよ。オーディエンスのいないところでの演技なんて無意味じゃないかァ。俺の価値が下がってしまう」

 ティファレトが頭を垂れてレオンを待っていると、まもなく赤髪と青髪の青年が入ってきた。モノクルを付け、赤色の髪を一つに纏め、血まみれの白衣を羽織っているゲブラーと、適度な長さに切り揃えられた青髪を整髪料で整え、上品な質感の燕尾ジャケットを羽織り、蝶ネクタイを付けたケセドだ。

 ティファレトの右斜め前方にケセド、左斜め前方にゲブラーが来て、同様に片膝をついた。

 一呼吸置いて、レオンが黒い霧と共に姿を現した。顔面に不敵な笑みを貼り付け、それとは対照的の冷酷な双眸がティファレトたちを見据えた。

「下層が全滅した」

 レオンは小さく吐き捨てるように言った。声色は少し暗いが、表情には一切変化がなかった。直属の部下を失っているにもかかわらず、随分と澆薄な態度だと見て取れた。

 レオンは両手をひらひらと動かし、

「まあ所詮彼らは使い捨ての駒だからいなくなったところで大した問題ではないのだけれど、こうも一気にいなくなってしまうと作戦が立てづらくなってしまうから困ったものだよ」

 と言って大きなため息をついたが、表層から得られる情報からはとても困っているようには見えない。

「早く補充したいところだけれど、失敗してしまったからね。皆、希望を与えてもそれに順応できずに崩壊を起こして死んでしまったのだよ。まったく……なぜこれほどまでに脆いのだろうか」

 レオンの視線がティファレトに刺さる。

「あ、今、君はこう思ったね。なんのために俺たちを呼んだんだ、って。大丈夫、ちゃんと目的はあるから」

 ティファレトは顔に畏怖の念を滲ませて、

「な、なんなりとお申し付けください。俺は必ず貴方の役に立ってみせますから」

 と震えた声で言った。

「もちろん私も……必ず命令を遂行してみせます」

「僕も貴方のためにこの身を捧げます」

 ティファレトの後にケセド、ゲブラーが続いた。

 レオンはねっとりと靴の裏にへばりついたガムのような気色が悪い笑みを浮かべて、

「そんなに畏まらなくていいよ。君たちにしてほしいことは、中層セフィラである君たちなら簡単なことだろうから」

 と生温かい声で言い、不気味に口角を上げて薄い唇の隙間から白い歯を見せた。

「内容なのだけれど──君たちにはレジスタンスのデルタ部隊所属のセシリアとその子の頭に乗っている丸々と太った白い鳥を始末してほしいのだよ」

 レオンは右手をティファレトたちに見せてから握りしめた。

「セシリア──彼女は強運の持ち主だから、それに翻弄されないようにしないといけないよ。常に戦況は君たちが握り続けていなければならない。たとえ握っていたとしても、波のように瞬く間に攫っていくのが彼女だから、一瞬の油断も許されない。……いいね?」

「了解」「承知」「御意」

 ティファレト、ゲブラー、ケセドのそれぞれが返事をした。

「じゃあ頼んだよ。君たちなら上手くやってくれると私は信じているから」

 レオンは一呼吸置いて、

「──私を失望させないでくれ」

 と片手で目を覆って悲痛な叫びのように言った。

 誰一人として身じろぎは疎か、瞬き一つしないから音を発することはなく、空間に糸を張ったような緊張の混じった静寂が訪れた。針を一本落とした音も拾えそうな静けさに包まれた部屋で、次に音を立てたのはレオンだった。

 レオンら布が擦れる音と共にゆっくりと派手な装飾が施された椅子から立ち上がり、段差を下ってきた。敷かれた高級そうなカーペットの上を歩く。足音は毛の長い布に吸われて、接近はとても静かなものだった。

 ティファレトの前で止まったレオンはしゃがみ、片膝をついているティファレトの頬に手を添え、つつと顎に向かって撫で下ろした。

「君はとても魅力的だ。それを最大限に活かせて戦いたまえよ」

 レオンは深層を覗かせない作られた笑みを浮かべて、

「魅了しろ」

 と耳元で囁いた。

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