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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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過剰な罰 後編

 今しがた任務から帰還して、報告書を書き始めようとした私のところに、シェリルから執務室に来るよう連絡が入った。

 ──今帰ってきたばかりで報告書も書いていないのですが、次の任務に飛ばされるのでしょうか……? もしそうだとしたらやめますよ、この仕事。

 私は大きなため息をつきながら、執務室までの廊下を重い足取りで歩いた。

「シェリル? 入りますよ?」

 扉を三回叩いて言うと、

『は〜い、どうぞどうぞ〜』

 と非常に機嫌が良いように聞こえる声で返事があったから、私は扉を開けた。

「シェリル、なんの用で──」

 正面にある執務用の机でにこやかな顔つきのシェリルを認識した私が、視線を手前にある面談用の椅子や机のほうへと向けると、想定していなかったものがそこにいた。

「…………」

 何度か瞬きし、思考を巡らせる。試しに頬を引っ張ってみると痛いから、これは現実のようだ。

 私の視線の先には白髪に赤い瞳の白化している見覚えのある女の子がいて、真新しいレジスタンスの訓練生の制服を身につけている。

「──エスター!」

 すかさず私はエスターの隣に座り、背骨が折れてしまいそうなほど抱きしめた。

「エスター! エスター! エスター! ずっと会いたかった! ──インテリゲンツィアから生きて帰ってこられたのですね! 良かったです! 本当に……本当に良かった……」

 私の目から涙が溢れ、頬を伝い、滴り落ちる。

「……苦しい……」

「エスター!」

「……やめろ……」

「無事なんですね!」

「……やめろ……」

「もう二度と会えないと思って……!」

「やめろって言ってるだろ! このアホ!」

 エスターが声を荒げるのと同時に私の腹部に鈍い痛みが走った。だがこの程度、今の私にはかすり傷にもならないから、抱きしめている手は解かない。

「ほら、エスターが嫌がっているから離してあげなさいよ、アンジェラ。大人気ないわよ」

 シェリルが額を押さえてため息をつくが、私の耳には届かない。

「離せって! いや、本当──離せよ!」

 次の瞬間、私の顔面に拳が入れられた。痛みと衝撃から私は大きく仰け反って床に倒れ込んだが、やはり今の私に大した効果はない。すぐさま飛び起きて再度エスターに抱きつこうとすると、

「はいはい、いい加減にしなさいよ、話が進まないから」

 と言ったシェリルの蹴りがみぞおちに入り、私は再び床に倒れ込んだ。

「じゃああなたはそっちに座っておきなさい」

 私は内臓の圧迫感に唸りながら、シェリルの指示通りにエスターと対面する位置の席に腰を下ろした。


「──というわけで、エスターが無事帰ってきたわ」

 シェリルは慣れた手つきで人数分の紅茶を淹れると、エスターの隣に座った。

「それで見て分かる通り、レジスタンスの訓練生になってくれたのよ」

 柔和に笑うシェリルはエスターの髪をわしゃわしゃするように頭を撫でてながら言った。

「これで入隊試験も生き残ったら晴れてアンジェラと一緒に任務に行けるわよ」

 シェリルは意味ありげに私を一瞥すると、すぐにエスターへと視線を戻した。

 ──エスターと任務ですか……とても楽しみです。

「そこでアンジェラ、あなたに一つ頼みがあるの」

「はい? なんでしょうか? 私ができることでしたらなんでもしますよ」

 シェリルの口から、

「あなたにエスターの面倒を見てほしいの」

 という想定外の言葉が出た。

「それは構いませんが……私は任務があればどこへでも行きますから、そうしょっちゅう面倒を見るってことはできないですよ」

「いいのよ、それは気にしなくて。私の権限であなたにはしばらく任務を与えないから」

 ──これが職権濫用というものなんですね。やりたい放題、羨ましい限りです。

「──それであなたにしてほしいのは、エスターが他の人と肉弾戦を繰り広げないように見張ることよ。事前に止められるのならそれに越したことはないのだけれど、もしもしてしまったら、殴り飛ばして躾をしてほしいの」

「はぁ……分かりました。エスターが喧嘩をしたら、私は殴ればいいのですね。了解しました」

 私は自分の手で拳を作り、握りしめた。

「そうそう。まあでも、欠損したり死んじゃわないように手加減はしてあげてね」

「それは要するに同化の力で治せる範囲ならどれだけやってもいいということですか?」

「正解」

 ──なかなかえげつないこと言いますね、この人。

 私はエスターをちらりと見ると、エスターは余裕といった表情をしていたから、思わず私は、

「シェリルの命令通り、喧嘩したら容赦なく殴ります。それ以上のこともしますから、覚悟しておいてくださいね、エスター」

 と言って微笑んだ。するとエスターはプルプルと小刻みに震え出した。しかしまだ顔から血の気が引くといった感情の揺らぎは見られない。

 ──エスターはバイブレーション機能付なんですね。


 こうして私はエスターの監視役となった。

 エスターを帰して、執務室には私とシェリルの二人きりとなった。

「……シェリル、一つ質問してもいいですか?」

「いいわよ、なんでも聞いて」

 シェリルは内心の読めない笑みを浮かべた。

「どうして私をエスターの監視役にしたんですか?」

「だってあの子、訓練生になって早々に同期を五人病院送りにしているもの。これは隊員訓練施設の施設長として見過ごせないわ」

「……本音は?」

「エスターが私に対して心を開いてくれないから、どうしたものかって考えていたの。そうしたらあなたに随分と懐いていたのを思い出して、あなたを経由したらエスターも心を開いてくれるかな、と思ってね」

 シェリルは薄幸に笑ってみせた。

「そういうことでしたか。たしかにあなたがエスターをインテリゲンツィア送りにしたから、少なからず恨んでいても不思議ではありません」

「まあでも、同期病院搬送事件は問題視しているのは事実だから、あなたを監視役にする理由のすべてがそれってわけではないわよ」

「はい、分かっていますよ」

「じゃあ早速──行ってきて」

「了解です」

 私は勢いよく執務室を飛び出していった。

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