脆弱な肉体 前編
「なにをしておるのだ! まったく……そなたは脆い! 脆すぎるのじゃ! ──ほら、早く立たんかい! 次じゃ次!」
そう声を荒げるのは特異体[砂嵐]と同化したホロコースト部隊所属のシルヴィア・アレンだった。灰色のショートヘアの小柄な二十代前半の女性なのが、言われなければ十代前半にも見えてしまうほどの童顔を持っている。
「セシリア! なにボサッとしておるのじゃ! 早く止血して反撃してこんかい!」
「──ンな無茶な!」
ガブリエラとの特別訓練を終えた僕は次の相手であるシルヴィアと対峙していた。しかし始まって早々にシルヴィアの特異体でボロボロにされてしまい、僕は倒れていた。体のいたるところから血液が滲み出ており、痛みから動くことができなかった。
「そもそも僕は普通の人間ですから! 頑張れば一瞬で止血できるなんてことはないんですよ!」
「いいや、できる! できるはずじゃ! その程度の止血もできずにそなたはよくもレジスタンスにいられるな! ならば──こうしてくれる!」
地面に転がっている僕の横腹めがけてシルヴィアが蹴りを入れる。それも容赦なく全力でサッカーボールを蹴るように。
鈍い音と共に僕の体が浮き上がる。幸いにも当たったのは腹だったから、骨に異常を来すことはなかった。しかし悶絶するような苦しみを味わうことに変わりはない。
一方でシルヴィアが一人納得したようにコクコクと頷くと、
「──そうか、そなたはお腹が空いているから動けないのじゃな! 気づいてあげられなくてすまんのう。ほら、立てるか? 今からなにか食べに行こう」
と地面でのたうち回っている僕に手を伸ばし、僕がそれを取ると、小さな体からは想像もできないほどの力で引っ張り上げられた。
「そなたはなにが食べたいのじゃ?」
無邪気に笑って見上げながら僕の手を引っ張るその姿は、子供さながらの様子だった。
「……い、いえ、さっき食べたばかりですから僕は必要ないですよ」
現在時刻は午前九時三十分を少し過ぎた頃。二時間ほど前に朝食は済ませており、当然ながらまだ空腹を感じることはない。
「なんじゃと! そなたはいらぬと言うのか! まあ──いらぬと言っても連れて行くだけのことじゃがの」
けらけらと笑いながら僕はシルヴィアに引っ張られながら連れて行かれた。
向かった先はついさっき行ったレジスタンス本部にある食堂だった。ずらりと並ぶ無機質な長テーブルと丸椅子が静かに僕たちを迎える。掃除をしている一名の清掃員以外に人はおらず、床をモップで磨く音だけが聞こえた。
シルヴィアが掃除が完了した席に腰を下ろすと、注文をしていないにもかかわらず即座に料理が提供された。調理場から一人の女性がトレイを持ってきて、シルヴィアの前に置くと、一礼して去っていく。
届けられた料理はこんがりと良い色に焼き上げられたパンと熱々のビーフシチュー、サラダ、デザートのヨーグルトだった。
「……えっ、なんで注文していないのに来るんですか? いや、そもそもどうして席まで届けてくれるんですか?」
食券を購入し、できあがったものを渡し口から受け取るというのがこの食堂のルールなのだ。それはホロコーストでも変わらないはずで、現に僕が前にアンジェラとばったり会ったときはそうだった。
「わらわはあらかじめ頼んでおいたのじゃ。この時間になるとどうしてもお腹が空くからのう。エネルギー補給じゃ、エネルギー補給」
シルヴィアは満面の笑みでパンをビーフシチューに付けては口に運び、頬張っている。その顔は非常に幸せそうで、こちらも心なしか嬉しくなった。
「……でも、二時間ぐらいしか経過していないのにお腹が空くって、それはまた随分とエネルギー効率が悪い体ですね」
「良いんじゃよ、それで。すぐにお腹が空けばまたそれだけ多くのものが食べられる。とても幸せなことじゃ」
シルヴィアはコクコクと頷いて今度はサラダを口に運んだ。
「──っていっぱい食べている割には……小さいですよね。どことは言いませんが」
僕の言葉にシルヴィアが動きを止めた。持っていたフォークを床に落とし、甲高い音が響く。
「……そなた、今なんと言ったのじゃ?」
シルヴィアは口から言葉を漏らし、神妙な面持ちで目を見開いで僕を見据えた。
「いっぱい食べている割に小さいですねって」
「いや、それではない。そのあとじゃ」
「……どことは言いませんが」
この後シルヴィアにしこたま怒られた。彼女曰く、自分の胸が小さいのは幼少期からずっと栄養状態が悪かったからとのこと。それによって体は大して成長せず、身長百四十二センチメートル、体重四十キログラム程度の絶壁の持ち主となったらしい。
──誰も胸とは言っていないのに。
結局この後、特別訓練をすることはなく、怒っては食べ、怒っては食べを繰り返していた。その結果、今日のシルヴィアの食事回数は七回に達した。朝、地雷となったこの食事、昼食、午後三時、午後五時、夕食、夜食というようにだ。
体を治してももらえず、全身に裂傷を負ったままの僕はズキズキと痛む体を引きずって部屋に戻り、シルヴィアの代わりにナスチャに治してもらった。
そしてまた翌日を迎える。




