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深淵の少女  作者: 高城ゆず
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死の舞踏 前編

 無事に怪我が治癒して晴れて退院の運びとなった僕は、シェリルが言っていた対特異体の特別訓練を受けることになった。それが──。


「──これは聞いてねぇよ!」

「ほらほらセシリア、口を開いている余裕があるのなら、もっと動いてくださいよ。それに喋っていると舌を噛みますよ?」

 僕はタップダンスを踊るように床を蹴って特別訓練の相手──ホロコースト部隊に所属するガブリエラ・ルイスの攻撃を避けていた。ガブリエラは黒地のマントをはためかせて容赦なく距離を詰めてくる。

 ガブリエラは深緑色の長髪を揺らして僕の一挙手一投足すべてを読みながら、死神が持っているような大鎌を振るう。その攻撃はまるで僕の次の行動を知っている全知全能の神のように的確で反撃は疎か、すべての攻撃を回避すること自体が危うい。

 クレイモアと大鎌が衝突する。その度に甲高い金属音が鳴り響き、刃が一閃している。

 ガブリエラは真顔で、

「ほら、ちゃんと全部避けてくださいね。特異体はもっと強いですから。それこそ──当たったら死にますね。一撃必殺です」

 と淡々と言った。

 命を刈り取る鋭利な刃が僕を追い詰めていく。それを的確にクレイモアで受け流すか回避するかを判断して確実に処理していかなければならない。

 そのような中、時折混ぜられる拳だけは絶対に回避しなければならないのだ。その理由は──ガブリエラの同化した特異体によるものだった。

 ガブリエラが同化した特異体[繁栄の病]と呼ばれるそれは、ペストマスクを付けた二メートルを超える人型をした特異体で、触れたものに等しく死を与えるという特異性を持っている。それと同化したことによって今のガブリエラも特異体と同様の能力を得たのだ。

 ──その説明が恐ろしかった。なぜならガブリエラはそれを目の前で実演するのだから。モルモットことインテリゲンツィアのランクF職員を後ろ手に縛り上げた状態で引きずってきたかと思えば、ガブリエラはなんの感情も表に出さずに、そして何気ない日常を過ごす一般人のようにその職員の額に触れたのだから。次の瞬間、職員の触れられた額は腐敗したようにどす黒く変色し、すぐに全身の皮膚へと広がっていき、その場に崩れ落ちたのだ。その職員は二度と動くことはなく、インテリゲンツィアのランクC職員によって即座に焼却処分されていた。惨たらしい現場を見ても誰一人として悲しむことはなく、地球が球体であるということと同じくらい当たり前のようにそれを受け入れていた。

 ──正気の沙汰ではない。まだ僕はそこまで‘進行’してはいないはず。

 だから絶対にガブリエラには接触してはいけない。

 表情筋に神経が通っていないような無表情で口を開く。

「どこに行っているんですか? よそ見は禁物ですよ」

 手刀が飛んできた。それを仰け反って間一髪のところで回避すると、首の近くの空を切る。体勢が後ろに傾き、僕は咄嗟に跳んで後方に回転してガブリエラとの距離を取った。

 しかしそれでは甘かった。ガブリエラは一瞬で間合いを詰めて大鎌の柄が僕の脇腹に直撃し、鈍い音と共に体が暴風に煽られたように薙ぎ倒された。

「──クソっ」

 すぐに受け身をとって体勢を整えて飛びかかるが、ガブリエラはクルクルと手元だけを動かして大鎌を持ち替えて、今度はみぞおちに柄を入れてきた。胃が圧迫されて中身が込み上げてくるが、なんとかその場で踏ん張って次の攻撃の対処を思考した。だが痛む脇腹が思考を妨害しており上手く働かない。

 熱を孕む脇腹を押さえながら僕は覚束ない足取りで攻撃を回避し続けた。

「そろそろ限界ですか? まだ開始五分ですよ。しかもそれだけじゃない。私に一撃も入れられないというこの体たらく、それで特異体に勝とうなど笑止千万ですね」

 感情のない声がこれほどまでに恐ろしいとは思わなかった。──否、その声だけが原因ではない。ガブリエラの感情を深層に埋めた表情と、無駄のない動き。それに加えて即死させられる攻撃、そして死神を彷彿とさせる大鎌を振り回しているからだ。

「ヴィクトリアも大したことないですね。……これでは特異体の餌になるのが関の山です。そうなるくらいなら──」

 ガブリエラは片足を軸に横に回転し、大鎌を大きく円を描いて薙ぎ払った。刃は僕の首を落とそうと完璧な軌道を進んでいく。

 長い睫毛の隙間から覗く虚ろな翡翠にも似た双眸が僕を見据える。

 刃が首の表皮に到達した。名状しがたい悍ましさを纏った冷たい刃が皮膚を切っていく。傷口から鮮血がじわりと滲んだ。

「──ここで──」

 刃が頸動脈に到達した。傷口からの出血量は仰天するくらいに増加している。

「──終わってしまえばいい」

 死神は僕の命を奪いにきた。首は既に半分ほど切られており、このまま残りも切断されて、離れた頭部は地面と接吻することになるのは間違いない。


 死が僕に迫る。


 ──今だ。

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