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SLAP ASSEMBLE

SLAP05

作者: 隼 メイ

「これ、どう思います?」

 僕はスマホの画面をボスに見せた。

「なんだこれ?」

 それは僕たちの事務所のホームページだった、そこに問合せ、相談フォームがあって、届いた情報が表示されている、ってか、これあんたが僕に作らせたんでしょ。

「で、何だって?」

 ボスはチラッと画面を見て言った、読まないのかよ、と思ったが、まあいいや。

「キャバルリーズって知ってます?」

「愚連隊だろ」

「まあ、そういえばそうなんですが」

 キャバルリーズは最近話題の義勇騎兵団、と本人たちは言っているが、ボスに言わせれば愚連隊ということになる。

 彼らは反社会的集団や、社会的に問題が多い企業、果てはマナーが悪いドライバーなどを「成敗」と称して攻撃する集団だ、用意周到に相手を襲撃し、それを撮影して、面白おかしく編集したものを動画サイトに掲載していた。

 もちろん、彼らのやっていることは褒められたことではない、でも、事件化するまで表立って手出しできない公安や、金にならない事には手を出さない賞金稼ぎに変わって社会悪を「成敗」する動画はものすごく人気があった。

 それに、攻撃対象の方が彼らよりわかりやすい悪党だったし、また言い逃れできない犯罪の証拠を暴かれたりするので、キャバルリーズを訴えたり告発したりする者はいなかった。

 キャバルリーズも、「成敗」中に相手を「痛い目」に合わせていたりしたものの、内容は水に落としたり、氷水をぶっかけたり、粘着材で貼り付けたりといった大掛かりな悪戯みたいなものだったし、何よりも正体不明だったので、誰も彼らを捕まえられずにいた。

「調子に乗ってるよな、じきに痛い目に遭うぞ」

「その、キャバルリーズが、総美社を成敗するそうです」

 総美社とは、デート商法や監禁商法まがいのやり方で、たいして価値のない絵画や宝石を無理やり売りつける、最近社会問題化している企業だ。

「は!面白い、あそこはいろいろヤバイのと繋がってるって噂だぞ」

「キャバルリーズもなんか胡散臭いらしいですよ」

「たしかに、あそこまでやっといて誰も告発しないのも不思議な話ね」

 話に加わって来たこのお姉さんは、自分から事務所にやってきていつの間にか仲間になっていた、どことなくお嬢さんのような気品を感じる、ボスはいたく気に入っているようだが、僕は素性を知らない。

「この情報によると、成敗した相手の弱みを握って、どうも金品を要求しているようです」

「なんだそれ、強請りか」

「その情報って、どこから来たの?」

 僕は発信者の情報を確認した、当然ながら匿名で、IPを辿ってもいくつものマスキングがされていて簡単にたどり着けそうになかった。

「ちょっとわかりません」

「ガセだろ、総美もそのキャバクラもいろいろ恨みを買っているだろうから」

 キャバクラって、違うでしょ。

「でもなんでウチに送って来たのかしら?」

「キャバルリーズを取り押さえて欲しいって」

 動画でキャバルリーズがやっていることは、悪戯くらいにしか見えない、だから被害者側が訴えなければこれだけでは犯罪に問うのは難しい、細かく検証していけばいくつかの軽犯罪には問えそうだが、みんなそんなに暇じゃないし、賞金も知れている、そして正体がわからない。

「情報提供者はクラウドエンジェルを名乗っています、Webに蔓延る犯罪を駆逐する者だそうです」

「エンジェル、正義の味方ってか」

「雲の上の天使・・・なんだかメルヘンっぽい名前」

 ボスたちは笑っていたが、僕はこの名前を聞いたことがあった。

 現実世界と同じように、ネットの世界にも犯罪が横行している、詐欺行為やサイバーテロ、データやシステムの破壊行為は現実世界にも危害を及ぼす。

 そういったサイバー犯罪を未然に防いだり、告発したりする有志が存在して、日々我々の生活に不可欠なネットの安全を守っている、その名はクラウドエンジェル・・・ってやはりネットの与太話にしか聞こえない。

「襲撃はいつって情報なの?」

「明日です」

「そのエンジェルはどこからそんな情報を仕入れて来るんだ」

 それは僕にもわからない、そもそもクラウドエンジェルもどこの誰かなのかわからないのに。

「よし、ちょっと面白そうだから、お前明日総美を張ってろ」

「・・・なんで僕が」

「三人出張っても経費の無駄だろ、ガセ臭い話だし、お前にぴったりだ」

「あなたが持ってきた話だし、ね」

 僕はただ見ただけで、何も話を持ってきたわけじゃない、が、実はクラウドエンジェルに興味があったので引き受けることにした。

 どうせ、何かなんて起きっこない。


 銃弾が前後から飛び交っていた、盾にしたテーブルの弾着が×の形だったので、双方ともエラダマを使っているのがまあ救いと言えばそうだ、でもキャバルリーズがやることは悪戯程度じゃなかったの?

 だが、目の前にはXのスタンプが叩きつけるよう増えて行く。

 エラダマは非致死性の弾丸だが、こんなに雨アラレのようだと話が違ってくる。

 いくらゴムみたいなものでも、例えば目とかは深刻なダメージを受けるし、頭や顔を何発も撃てば骨も折れて脳挫傷などを引き起こす、エラダマの取説やパッケージにもデカデカと注意書きが入っている。

 総美本社前のオープンカフェに着いてものの数分だった、普段は絶対にこんな店には来ない、だってココは総美の売り子の狩場だからだ。

 ここで飲み物を飲んでいると、女の子が声をかけてきて、意気投合したような気分になったら、ショールームに連れ込まれる、と言うのが常套手段だった。

「いらっしゃいませー」

 ウエイトレスみたいな女の子が声をかけてきた、ほら来た。

「ご注文は?」

「・・・あのーアイスコーヒーを」

「はーい、判りました」

 それから彼女は僕を上から下までジロジロと観察した。

「お兄さんなんかセンス良いね」

 相手を褒めてその気にさせる、まずはセオリー通りだけど、何だよなんかセンス良いって、他に褒めるところはないってことか?

「・・・ありがとう、でもまあコーヒーを持ってきてもらえるかな」


 女が店の方に引き返そうとした時だった、ワゴン車がカフェ横に停まり、夏だと言うのにふざけたマスクをした男たちが五人、馬を先頭にウサギ、猫、犬、ゴリラと続いて席に向かって歩いて来た。

 …見たことあるぞ、キャバルリーズが動画の中でマスクをしていたな。

「いらっしゃいませー」

 女は歩みを止めて、その集団に声をかけた、あんなマスクをしていても客扱いする彼女の商売熱心さにちょっと関心した。

 馬のマスクを被った男が聞いた、どうやらリーダー格のようだ。

「やあ、君はそこのギャラリーの人かな、僕は絵が好きでね」

 「あら素敵、あたしは芸術を理解する男性大好き」

馬との会話にしては変だが、本当に仕事熱心だな。

「そう、君とは気が合いそうだ、社長さんに会わせて貰えないかな」

 その時、僕のスマホにDMメッセージが届いた、相手は「C.A.」となっている!

 僕は目の前の男達の会話に耳を傾けたまま、スマホの画面を見た。

 ”現場にキャバルリーズが来たみたいだね”

 やっぱりだ、このマスク達がキャバルリーズなのか、エンジェルはどこからか見ているのだろうか?てか僕はエンジェルの連絡先なんて知らないし、向こうもそのはずだけど。

 ”あなたは近くにいるのですか”

 ”すぐ近くにいるよ”

 女は馬、いやキャバルリーズのリーダーと思われる男をじろじろと見て、聞いた。

「あなた、お面取ってくれないの?お名前は?」

「CA1、って言えばわかるかな」

 うわ、言っちゃったよ、CA1はキャバルリーズが動画のなかでお互いを呼ぶときのコードネームみたいなやつだ、仲間同士をCAの後に番号をつけて呼び合っている。

「あらあ、有名な方、それじゃ歓迎しなきゃね、ちょっと待ってね」

 この女は本当に図太い、そのままどこかに電話をかけ始めた。

 ”注意して、たぶん撃ち合いになるよ”

 スマホの画面に恐ろしいメッセージが表示された、なんなのこれ。

 ギャラリーの出入口から、どう見ても穏やかな人種ではない連中がぞろぞろ出てきた、しかも皆武装している、気がつくと例の女もどこからか拳銃を出していた。

「これは熱い歓迎だな」

 言い終わると馬、いやCA1は女の銃を叩き落し、羽交い絞めにした。

 ”これどういう状況ですか?”

 僕はテーブルの下に隠れながらメッセージを返した、

 ”おたくさんに送ったのと同じ情報を総美社にも流したからね”

 なんてことしてるんですか!

 馬、CA1は女を盾にして何か言おうとしたが、それはムダだった、女は武装した男達にいの一番に撃たれて倒れた、かなり痛そうだ、やだよこんなの。

 そのまま男達もCA1、2~5もドンパチが始まった、僕は地面に伏せたまま、テーブルを横にして盾にするのがやっとだった、怖えええええ!

 ”超怖いんですけど”

 僕は、(あんたのせいで)と入れ忘れたメッセージを送った。

 ”大丈夫、キャバルリーズは関係ない人は撃たないから”

 動物さん達は良いかも知れないが、総美の男達はそうはいかないだろう、現にテーブルにもXがたくさん並んでいる。

 その時、ワゴン車から最後に降りてきた、ゴリラのマスクを被ったおそらくCA5と思われる男が撃たれた、足とわき腹にXの黒いスタンプがついていた。

 ゴリラは僕の隠れているテーブルに倒れこんで、意識を失いかけていた、彼はワゴン車のキーを取り出し、僕に握らせ、CA1の方を指さした、これを渡せと言うことか、嫌だああああ。

 ”運転手がやられたから、あなた、代わりに運転して”

 ”このままキャバルリーズに潜入するのよ”

 何言ってんだこのバカエンジェルは。

 僕は周りを見回した、ワゴン車の向こうに、ボスと姉さんが乗った車が見えた、様子を見に来てくれたんだ、助かった。

 …だがボスは手振りで、僕を指差し、それからCA1を指差した。

 ええ?ボスも潜入しろって言ってるの?勘弁してください…。



 分が悪いと見たのか、CA1と他の動物さん達はテーブルの下に身を隠しながら一旦逃げる算段を始めた、そこで、ゴリラが倒れていて、横にいる僕に気づいた。

 声をかけるなら今しかない、もう破れかぶれだ。

「ぼ、僕はキャバルリーズに憧れていて・・・今この人から車の鍵を預りました」

 馬、いやCA1はにやりと笑ったようだった、なぜかそう感じた。

「運転して」

 僕は頷くと車に向かって身をかがめたまま走った。


 あいつ、何を考えているんだ?

 鍵なんか早く渡してさっさと逃げろと身振りで伝えたのに、なんか移動動物園に合流しちまったぞ、バカ。

 ・・・おいおいそこに車で突っ込む?

 テーブルも椅子もバキバキじゃん、知ーらね。

 あっという間に移動動物園は乗り込んで逃げて行った、あいつはどうしちゃったんだろう。

 移動動物園の一人であろうゴリラ男と、店員みたいな女が一人倒れているが、どうやらエラダマだったらしく、死んではいないようだ。

 そいつらは総美が雇ったらしいガンマン達が建物の方に引き摺って行こうとしていた。

「さて、どうします?」

 嬢ちゃんが聞いた、このまま放っとくわけにもいかんだろう。

「とりあえず、向こうは僕ちゃんが落ち着くのを待とう、なんか連絡してくるだろう」

「私たちは?」

「まあ探ってみるか」

 オレたちは野次馬カップルを装って車を降りた。

「わあ大変だあ、ゴリラが倒れてる」

「キャー、人が倒れてる!死んでるの?」

 お互いのせりふのわざとらしさに噴出しそうになったが、人相の悪い連中がこちらを睨んでいたので笑うわけにもいかない。

「どうしちゃったんです、これ?」

「すごーい!これ撃たれても死なないの?」

 男達は吐き捨てるように怒鳴った。

「関係ねーんだよ!」

「こっち来るんじゃねーよ!」

 大層な興奮ぶりだ、近づくのもヤバイ、オレはふと倒れているテーブルのそばに僕ちゃんのスマホが落ちているのに気がついた。

「えーでも、今日はダーリンに指輪を買ってもらう約束だったのにー」

 一瞬素に戻って何の話だ?と思ったが、これは探りを入れるための芝居だ、そうだ、うん。

 ・・・どうやら嬢ちゃんもスマホに気づいたらしい。

「そうそう、今日は婚約指輪を買いに来たのに、これじゃあダメかなあ」

 嬢ちゃんは一瞬目を白黒させた、自分で始めた芝居だろ、ちゃんと付き合え。

「ざ、残念ねーダーリン」

「そうだねえ、でもこんなことぐらいで僕らの愛は変わらないよ」

 お互いワルノリの応酬でその都度引き攣る顔がちょっと面白かった。

 毒気に中てられたように男達が静まっていく中、オレはさりげなく落ちていたスマホを拾った。

「お客様、こんな状態で申し訳ございません、よろしければショールームの方でお話を」

 いつの間にか現れた男がそう声をかけてきた、スマホを拾うところは見られなかったようだが、他の連中とは明らかに違う、妙に堂々としている、顔を見るとどうやら幹部のようだ。

「行きましょう、ダーリン」

「そうだね」

 オレたちは猿芝居を続けながら男の手招きの方に歩いた。


 アジトというには普通のマンションだったが、そこに僕たちは引き上げた。

 それからはCA1の独り舞台が始まった、興奮に我を忘れているのか、全員マスクを外さないので、異様な雰囲気だった。

 なぜ待ち伏せのような状態になったのか?

 だれかが情報を流しているのではないか?

 仲間の誰かが裏切り者ではないのか?

 僕は動画で見る(動画では姿はあまり映らず、声のみが目立ったが)CA1の余裕たっぷりのイメージと、今目の前でヒステリックに大声を出している馬のギャップに面食らっていた。

 ほかの動物さん達も反論したが、馬、いやCA1の被害妄想的な暴言は止まらず、次第に呆れたように口数が少なくなっていった。

「・・・もういいよ」

 猫、いやCA2と思われる男がぼそっと言った。

「なんだって?」

「そろそろ潮時だよ、今日だってあやうくやられるところだったし」

「それはお前らが裏切ったからだろ!」

「裏切ってねえよ!」

 険悪な雰囲気だ、僕はひたすら気配を消して部屋の隅に小さくなっていた。

「もうこれ始めた頃の正義感なんて残ってないだろ」

 猫が言った、他の動物さん達も同意と言わんばかりに頷いていた。

「正義だろ、悪い奴を成敗してる」

「動画の内容に手加減を加えて金をせびるのが正義かよ!」

「お前らだってその金を使って好き勝手やってたじゃねえか!」

 どうやらエンジェルの情報は正しかったようだ、でもどうしてこんなことを知ってたんだ?

「だから俺たちはもう止める、もう限界だ」

「・・・お前ら、俺を売る気だろう?」

「それはしない、もう俺たちはお前に一切関らない、告発もしない、だからお前も俺たちの前に現れるな」

 不意に馬、いやCA1は銃を構えて猫、CA2に向けた、ヤバイ、マスクから覗く目が往っちゃってる、対する動物さん達も一斉にCA1に銃を向けた。

「こっちは三人だぞ、あの女のときみたいにはいかないぞ」

「うるせえ!」

 CA1はその言葉に取り乱した、あの女?誰?

「・・・騎士団気取りはその坊やと続けるんだな」

 そういうと動物さん達は出て行った、坊やって、僕のこと?

 CA1は僕の方を向いた。

「どいつもこいつも、俺を裏切る、あの女も・・・。」


 私たちをショールームに案内した男は、自ら名刺を差し出した、肩書きを見ると代表取締役社長となっている、ずいぶんと若いな、しかし気取っているわりに下品さが隠しきれてない、こういうタイプの若い社長を何人も見たが、生き残れた本物は、ほんの一握りだ。

 ショールームは僅かな展示室の奥に、小さく仕切られた部屋がいくつも並んでいた、これが噂の監禁商談室らしかった。

「ここから先は物騒なものは持ち込みできません」

 男はそう言ってロッカーのようなものを指差した。

「近頃は皆さん拳銃などをお持ちなので、ここに預けていただきます」

 ここで逆らっては得るものがない、私たちは素直に銃をそこに入れた。

「ご安心ください、お帰りの際はちゃんとお返し致します、鍵をお持ちください」

 言う顔はまさに獲物を追い詰めたような喜びに満ちていた。

 私たちは部屋の一つに案内された、テーブルにカタログらしき厚い冊子と、契約書のような紙、そして今時まだあったのかと言う感じの大きなクリスタルの灰皿が乗っていた、やはり下品だ。

 男が値踏みするようにこちらを見た、私はこの下品な男から情報を引き出す方法を考えていた。

「えー、今日は婚約指輪をお探しとか」

「そうなのよー」

「素敵な指輪を買おうね、ハニー」

 …ハニーとか、調子に乗り過ぎです、私はつま先でテーブルの下の足を小突いた、ボスは声を出さずに悶絶している。

「どうかされましたか?」

「何でもないわ、ねえダーリン」

 そこに扉をノックする音が聞こえた、男が扉を開けると撃ち合いをしていた強面の一人がいた。

「社長、あのゴリラが・・・」

 最後の方は聞き取れなかったが、どうやら倒れていたゴリラマスク男が意識を取り戻したのだろう。

「・・・わかった、すぐ行く・・・お客様、ちょっと席を外しますので、そちらのカタログをご覧になっていてください、すぐ戻ります」

 社長は出て行ったが、強面は私たちを見張るように言われているのか、部屋に残った。

 ゴリラマスク男は、おそらくキャバルリーズの一員だろう、僕ちゃんの行き先は、その男に話を聞くのが早いと思う。

「ねえ、あなた」

 私は強面に声をかけた。

「なんでしょう」

「外の展示品を見たいの、そこを開けて」

「それは出来ません」

「どうして?カタログより本物が見たいわー」

「社長の許可がないとココは開けられないんで」

「えー困ったわー、ねえ、ダーリン」

「ハニー、僕に任せて」

 ボス、気持ち悪いからハニーはやめて。

「ねえ、君、タバコ持ってる?」

「・・・持ってるよ」

 相手が男だと横柄な態度か、ろくでもない男だ。

「そう、じゃもらえるかな」

 男はしぶしぶと言った感じで胸ポケットからタバコを出した。

「最近喫煙者は肩身が狭いよね、僕もハニーからタバコは止められてるんだ」

 何か思うところがあったのか、強面は苦笑いしながら一本ボスの方に差し出した。

「もう一本もらえる?」

 流石にムッとしたようだったが、男はもう一本差し出した。

「君、案外いい人だね、火つけて」

 強面はすっかりボスのペースに巻かれてライターを差し出した、ボスは両手に一本ずつ持って、なんとその両方に火を着けた。

 交互にそれを吸うと咳き込みながら煙を強面に吹きかけた。

「・・・やっぱり不味い」

「何すんだこのやろ」

 強面が近づいたタイミングで、ボスは両手のタバコをそいつの両目に向けて押し付けた!

「ぎゃー!目が!目があああ!」

「やっぱりタバコは身体に悪いね、ハニー、灰皿取って」

 私はあっけに取られてテーブルの灰皿を渡した、ボスは受け取ると目を押さえて悶えている強面の後頭部に叩き付けた、昏倒して動かなくなる・・・さすがにこれは酷い。

「ハニーありがとう」

「その呼び方は止めてください、こんなことして大丈夫なんですか」

「人間は反射的に目を瞑るからね、今のは瞼をちょっと火傷したぐらいだよ」

 ・・・それにしても酷い、こんなことをする人は初めて見た、だがこの度胸は何?落ち着きつき過ぎだ。

 扉の鍵は内側になかった、どうやら開けられないという言葉はウソではなかったようだ。

 ボスは契約書やテーブルの上のカタログをビリビリと破いては丸めていた、なるほど、そういうことか。

 私たちは灰皿の上に紙くずの山を作り、それから倒れている強面の服を探って、ライターとご丁寧にライター用のオイルを見つけた。

 紙くずの山にオイルを撒いて、それに火をつけたが、思った程の炎は上がらなかった。

「こいつの服も燃やしちまおう」

 ボスは強面の服を剥ぎ取って、オイルを全部ぶちまけた、そしてテーブルの上の火に放り込んだ、炎が勢いよく高く上ると火災報知機が反応したらしく、非常ベルが鳴り響き、スプリンクラーから水が噴出した、同時に扉のロックが開く音が聞こえた。

 下着姿でずぶぬれの強面が目を覚まして私の足にすがりついた。

「・・・さ、寒い」

 私は強面の横っ腹を蹴飛ばした、また意識を失う。

「もう少し寝ていなさい、風邪引いちゃダメよ」

 その間にボスはロッカーから拳銃を取り出していた。

「ハニーは車に戻って、外から援護してくれ、オレはあのゴリラ男を見つけてくる」

「ハニーってそれやめてください・・・わかりました、後のあれを使っていいんですね?」

 ボスは頷いた、一人で大丈夫だろうか、と思ったが、まあこの人は私が思っているよりずっとタフだろう。

「気をつけてください、ボス」

「こういうときはそっちじゃない呼び方がいいなあ・・・」

 にやりと笑ってスプリンクラーの雨の中に消えて行った。


 非常ベルと共に照明が消えたので、廊下は薄暗かった、こそこそ動き回るには都合がいい。

 人相の悪い連中が消火器を持ってバタバタと走って行った、オレはそれを隠れてやり過ごし、逆方向へ向かった。

 しばらくするとベルの音も放水も止まった、おっと時間がないぞ。

 廊下の窓から外を見ると嬢ちゃん、いや、ハニーが車のトランクからデカブツを出してセッティングしているのが見えた、あんなものどこから持って来たんだ?それにしても手際が良い、惚れちゃいそうだ。

 オレはスマホをハンズフリーモードにしてハニーに電話した、数コールで反応があった。

「これから突入するからよろしく、声は出さないで」

 廊下の一番奥の部屋の扉が開け放たれていた、男達はここから出てきたんだろう、オレはそこに向かった。

 腰の銃を確かめてオレは部屋を覗いた、予想通り、ゴリラ男が縛られていた、そしてその傍らには社長がいた。

「お客様、どうなされました?」

 奴はイラついていたんだろう、本性が隠しきれていない刺々しい声だったが、一応客扱いしてくれているなら、こっちもそれに答えなければ。

「火事なの?ハニーがいなくなっちゃったんだ、探してたらここに来ちゃって」

「そうですか、もう消えたようですのでご安心ください」

「・・・この人は誰?」

「これはお見苦しいところを」

「・・・まあ、知らない方がいいこともいろいろあるよね」

「さすが、ご賢明でございます」

「うん、よく言われるよ、ところで、タバコ持ってる?」

「はい、ございますよ」

「よかった、こういうときは一服して落ち着かないとねー」

「そうでございますね」

「二本もらえる?」

「二本ですか?」


 スマートフォンのスピーカーからボスたちの会話が聞こえていた、しばらくすると、

「ギャー!眼が!眼がああああ!」

 という悲鳴が聞こえてきた・・・またあれをやったらしい。

 廊下の窓から縛られたゴリラを担ぐように移動しているボスが見えた、少し遅れて、人相の悪い男達が追いかけてきているのも見えた。

 私は、ボスと男達の中間のあたりに狙いをつけてトリガーを引いた。

 爆発か、という音がして、ビルの壁が直径一メートルほどきれいに無くなった、建材も構造材も、全て吹き飛んで、男達の何人かはその飛び散った破片に巻き込まれてやはり吹き飛んだ。

 続けて、私はボスの移動に合わせて対物ライフルを撃った、ビルに次々と穴が開く、男達はパニックになっていた。

「なんだこれは!」

「大砲だ!」

 父の会社で試作していた対物ライフルをこんなところで撃つとは思わなかった。

 得意の特殊素材を多用しているので取り回しは軽い、それでも7キロを超えているが、その分の大きくなるはずの反動を可変エラストマ樹脂のハイブリッドボルトで吸収しているため、衝撃はかなり抑えられている。

 本来この銃で狙撃するには近すぎる、拳銃で反撃されれば、こちらが不利になると思ったが、この巨大な銃が自分たちの方を狙っている、というだけで男達は震え上がり、撃ち返すことも出来ずにいた。

 ボスが担いでいるゴリラに声をかけている様子が聞こえてきた。

「お前、キャバクラとかいう愚連隊のメンバーか?」

「・・・キャバルリーズです」

「どうでもいいや、そのキャバクラのメンバーなんだな」

 ゴリラにキャバクラではだいぶ意味が違うと思うが、話が通じているなら構わない。

「・・・そうです」

「助けてやったんだから、教えろ、聞きたいことがある」

「・・・わかりました」

「とりあえずここを脱出する、動けるな?」

 しばらくするとボスと肩を担がれたゴリラが出てきた、ボスはにやりと笑って前の車を指した。

 男達の集団が追ってきているのが見えた、私は、入り口に停まっていた総美の社用車の燃料タンクを狙撃した。

 上手い具合にガソリンに引火したらしく、車は炎を上げて吹き飛んだ、男達はひるんで出て来れなくなった、そのうちサイレンの音が聞こえて来たので、私たちはそこを離れた。


「俺たちは、正しいんだ、俺たちがこの世の悪い奴らを成敗するんだ」

 馬、いやCA1は興奮して叫んでいた。

「邪魔する奴は正義に楯突く、悪党だ」

 何かがおかしい、もう義憤に駆られるというレベルではない、僕はそう思った。

「この世界には悪党が多すぎるんだ、街中にも、ネットの中でも」

 ネット?キャバルリーズはサイバー犯罪も狩っていたのか?そっちはクラウドエンジェルの担当だろ?・・・担当?もしかしてこれは・・・。

「・・・クラウドエンジェルもお仲間なんですか?」

 僕はCA1に聞いた、途端に奴の声色が変わった。

「なぜそれを知っている」


 ボスはゲラゲラ笑っていた、壁が吹っ飛んだり、車が爆発したりしたのがよほど可笑しかったらしい、切り抜けたのはいいが、これ後始末はどうするつもりなんだろうか。

「まあ、どうにかなる、奴らも叩けば埃が出るだろうし」

 私は運転しながら、行き先を聞いた。

「ボス、これからどこに行くんです?」

「それはこのキャバクラゴリラ君に聞こう」

 後部座席に座ったボスは横に乗せたゴリラのマスクをひん剥いて聞いた。

「お前らのアジトに案内しろ」

 私はゴリラ男が言う方向にハンドルを切った。

「着くまでちょっと時間があるから、ここまでの経緯を聞かせてもらおうか」

 ゴリラ男は諦めたようにボソボソと語り始めた。

「・・・俺たちは純粋に、悪人が許せなかったんだ、それで・・・」


「あの女がネットで悪事を働く連中を見つけて、それを通報したり、先回りして警告を出したりしてたんだ、それが始まりだった」

 CA1は聞かれてもいないのに、自分たちの組織の始まりを語り始めた、映画とかで見ると、こういうときはとてもヤバイ。

「だんだんネット中だけじゃ終わらないことが増えてきた、だから俺たちがリアルな世界のことは対処するようになった」

 うわーそれ以上聞きたいような、聞きたくないような、だって話が終わったらきっと・・・。

「すると、世の中には本当に掃いて捨てるほど悪党がいることが判ってきた、だからそいつらが持ってる悪い金を少し正義のために貰うことにしたんだ」

 あー自白だこれ自白、でも聞いてるの僕だけだから、僕がいないと証拠にならない、だからやっぱり・・・。

「それを、あの女は!ルール違反だの何だの言って!まるで俺が悪党と変わらないみたいな言い方をしやがって!」

 女とは、エンジェルのことだろう・・・結局、僕たちは連中の仲間割れに首を突っ込まされたんだ。

「だから、あの女は始末した、まあまだ死んでないかもしれんが、すぐに死ぬ」

 何だって!殺した?じゃあこのメッセージを送って来たのは誰だ?

「・・・撃ったのですか?」

「ああ、エラダマだったから即死じゃなかったが、頭に何発も何発も撃ち込んだからな、そのうちくたばるだろうよ」

 ・・・僕は今生まれて初めて、言いようのない感情に襲われた、こいつ、このままじゃおかない、それは奴のいう正義感なのか、憎悪なのかよくわからなかった。

「・・・あんた、まともじゃないよ」

「何とでも言えよ、だが聞いた以上このままじゃ済まないことも判ってるだろう」

 僕は腰のホルスターから銃を抜いた、CA1も同時に銃を構えた。


「殺したのか!」

 ゴリラ男の話に、ボスが激しい口調で反応した。

「殺してはいない、今のところは・・・たぶんまだ生きてる」

「大して変わらん、お前らの話を聞いてると反吐が出そうだ」

 本気で怒っているようだった、私も同じ気持ちだった。

「身勝手な正義なんぞ悪党と同じだろうが」

「・・・それは、あんたがた賞金稼ぎだって似たようなものでしょうよ」

 ボスが男を殴らなかったのは、私にはとても意外だった。

「そのマンション、四階の角だよ」

 ゴリラ男が言った。


 さすがに、いろいろな修羅場を潜ってきたのだろう、CA1は簡単には倒せなかった。

 僕もかろうじてサイドテーブルに身を伏せていたが、このままでは追い詰められる。

 テーブルの隙間から狙って反撃してみたが、手ごたえはなかった。

 CA1が窓を背にしてこちらに近づいて来るのが見えた、正面に来たときが最初で最後のチャンスだろう、奴が撃つか僕が撃つか・・・。

 その時、マンションの壁が爆発したかのように吹っ飛んだ、外れて飛んだ窓枠がCA1の首を引っ掛けて、奴は銃を取り落とし倒れた、何が起こったかわからなかったが、この機を逃す手はなかった。

 僕は生まれて初めて、馬に、いや人に馬乗りになった。

 ふざけたマスクを引きちぎると、CA1と呼ばれる男はどこにでもいるような、優男だった。

 …こんな奴が、女の子を殺したのか、僕は自分の銃を奴の額に押し当て、トリガーに指をかけた。


 気がつくとボスが僕の腕を掴んでいた。

「こいつと同じレベルになることはないだろ」

 それから震えて動けないでいるCA1に向かって言った。

「殺人未遂と恐喝、それに諸々あるな、自白もたっぷりしてくれたようだし」

 ボスは奴を引き起こし、両手を結束バンドで拘束した。

 それから、僕を見ながら言った。

「ハニーが外からデカブツで狙撃したんだ、間に合って良かった」

 ハニーって誰?姉さんのことか?

「結構でかい賞金になるぞ…よくやった」


 総美社が違法な契約方法で売り上げを伸ばしていた証拠となる動画が、ネットに流失した。

 どうも後々被害者を脅す為に総美自身が契約の様子を撮影していたらしい。

 それが何者かによってハッキングされたようだ・・・投稿者はC・ANGELと名乗っていた。

 動画が決定的な証拠となって総美社は大規模な摘発を受け、業務は停止していた、おそらく倒産、解散は時間の問題だろう。


「お前のスマホな、水浸しで壊れちまった」

 渡されたスマートフォンは起動しなかった、スプリンクラーの水が降り注いだとなればしょうがないだろう。


 事務所に姉さんが戻ってきて、彼女・・・クラウドエンジェルが収容されている病院の様子を報告してくれた。

 彼女は、奇跡的に回復して意識を取り戻していた。

 ただ、ショックが激しく、ここ数ヶ月の記憶が消えているようだった、自分がクラウドエンジェルだったことも、仲間に撃たれて重症を負ったことも、全て忘れてしまっていた。

「それで良かったんじゃないの」

 ボスが言った、僕もそう思った。


 いくつか不可解な疑問が残った。

 最初に、事務所のホームページに情報を寄せたのは誰なんだろうか?

 エンジェルが撃たれる前に、身の危険を感じて送ったのでは、とボス達は言っているが、書き込みはCA1が彼女を撃ったという証言の時間より後だ。

「まあ、多少の間違いはあるさ」

 ボスはそう言う、僕もそう信じることにした。


 総美のカフェで、僕にDMメッセージを送って来たのは誰なんだろうか?

 そのときは間違いなくエンジェルは集中治療室で意識不明だったはずだ。

「ほんとにそんなメッセージが来たの?」

 姉さんに聞かれた、確かに来たはずだ、しかし、スマホが壊れてしまった今、確認することはもう出来ない、もしかしたら僕の見間違いだったんだろうか?


 それから総美社の動画をネットに流したの誰なんだろうか?

エンジェルが意識を取り戻し、集中治療室から一般病棟に移っていたなら、PCを触る暇があったかもしれない。

 彼女のスキルなら、総美のサーバーをクラッキングすることも出来るかもしれないだろう、だが、彼女は記憶を失ってそういったことはもう一切できない。

 他の誰かが、彼女の活躍に便乗して、似たような名前を名乗っているのか?


 いずれにしても、もう僕たちには関係ない。

 僕はそれ以上考えることをやめた。


「…ボス!ちょっと!」

 郵便物を見ていた姉さんが険しい顔をしていた。

「なんだよ、一件落着だろ」

「いや、総美のビル、テナントだったみたいで、不動産管理会社から修理見積が来ています」

「なんだって!」

 慌てて書類を見たボスは金額にショックを受けていた。

「・・・あれは、連中が悪いからああなったわけだから…総美に請求してもらおう」

 だいぶ無理筋だと思う。

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