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破壊の悪魔が決めた事

 世の中というものは思うようにはいかないもの。

 それは人間はもちろん、悪魔であっても。


 あるアパートの一室でそれは始まった。

 部屋に広がる黒い煙とその中に立つ人影。

 だがそれは人間ではない、赤い肌に角を携えた人間などいない。

 ましてや腕が四本もあるなどあり得ないからだ。


「お前が私を呼んだのか? この破壊と死の悪魔アビゴラを!」


 悪魔は高らかに名乗りを上げた。

 その大きく開いた口にはサメのような鋭い牙が並ぶ。

 そして地獄の炎をそのまま写し取ってきたような目で見降ろす先には、ひとりの青年の姿があった。


「あ、はい。そうですけど」


 青年が悪魔に向かい返事をする。

 その返事は悪魔を目の前にしているとは思えないほど気の抜けたものだった。

 一見して冴えない部類に入るような男だったが、思ったよりも肝が据わっているらしい。

 そうでなければかなりの愚か者なのだろう。


「たまたま手に入れた本だけど本物だったんだ……」


 青年は悪魔の足元に置かれた古びた本を見ながらつぶやいた。


「おい!」


 その態度が悪魔アビゴラには気に入らなかった。

 せっかく召喚に応じて魔界から来てやったのに、目の前にいる自分よりも本が本物であった事に気を取られるとは何という事か。


「貴様、いい度胸だな。名前は何という」

「俺の名前? ケンだけど」


 悪魔を前にして、まるで飲み会で自己紹介するような軽いノリ。

 最近の人間には畏れというものが無くなったのだろうか。

 アビゴラは少し頭痛がした。


「……まあいい。私を呼び出したからには何か願い事があるのだろう? 三つだけ願いを叶えてやろうではないか!」


 どんな相手だろうと召喚されたからには願いを叶えてやる義務があった。

 悪魔にとってはこれも仕事の一環なのだ。


「さあ願いを言え、復讐か、破壊か? 我が力を持ってすれば世界を滅ぼす事すら難しい事ではないぞ!」


 アビゴラはその四本の腕を広げ、恐ろしい形相でケンに迫る。


「いえ、そういうのはいいんで」


 しかし、どんなに怖がらせようとしてもケンはまったく怯む様子は無かった。


「強いて言うなら……そうだなあ。俺、ここに引っ越してきたばかりでちょっと寂しいんですけど、よかったら一緒に住んでもらえませんか」


 怯むどころか悪魔に向かって同居しろと言う。

 世界を滅ぼせる破壊の悪魔だと言ったばかりなのに、信じていないのか馬鹿なのかどちらだ。

 だがどんなに不満があっても願いは願い、叶えてやらねばならない事になっている。


「わかった、いいだろう……。だが覚悟しておくのだな」


 悪魔のプライドとプロ根性がせめぎ合う。

 それからの生活はなんとも平穏かつ平凡なものだった。

 基本的にはただ家にいるだけだったが、ケンは帰宅した際に誰かが居てくれるというだけで満足そうな顔を見せた。

 気まぐれに料理など作った日にはこれ以上ないほど喜んだのだ。

 その出来に関わらず。


 一方で、アビゴラにはどんどん不満が溜まっていった。

 なにせ元々破壊の悪魔、何もせずただ家にいるというだけで相当なストレスだった。

 そのフラストレーションはアビゴラにある決意をさせるほどだった。

 願いを全て叶え終わったら、ケンを殺してやろうと。


 そしてその日は思いのほか早く訪れた。

 ケンはアビゴラに正面を向いて座り、あらたまって話を切り出した。


「アビゴラさん、残り二つの願いを言います。一つは……俺と正式に付き合ってください! あなたの事を真剣に愛していきたいんです。もう一つは、もしそれが嫌なら正直に言ってください。それで全て諦めます」


 アビゴラはこの願いに面食らった。

 元々悪魔と同居したいなどと言う男だ、このような願いを言っても何ら不思議はない。

 だがアビゴラにとっては、さっきまで心にあった決意を忘れるほどの衝撃だったのだ。


「う……、そ、そんな願いでいいのか? 私は確かに女だけど、ごついし怖いし、何より悪魔だぞ!? それでもいいのか?」

「かまいません、俺は真剣です」


 ぐるぐると目が回る。

 アビゴラは今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちになった。


「だ……ダメだ、やっぱりダメだ! 三つ目の願いを使わせてもらうぞ、さらばだ!」


 破壊の悪魔ともあろうものが、つい魔法も忘れてドアから飛び出して行ってしまった。

 部屋の中にはただ呆然とする青年ひとりだけが残されていた。


「ああもう、ダメですよアビゴラさん!」


 慌てた様子のケンが、走り去ろうとするアビゴラを呼び止めた。

 アビゴラもその声を聞いてハッと冷静さを取り戻す。

 戻ってきたアビゴラとケンは再び向かい合って話し始めた。


「ダメじゃないですか、最後で断ったら意味ないでしょう」

「う、すいません……。あまりに恥ずかしかったものでつい……」


 しおらしく謝るアビゴラを尻目に、ケンは何かをメモしていた。


「人間との恋愛体験セミナーに申し込んだのはあなたなんですから、恥ずかしがってちゃ本番で役に立ちませんよ」

「すいません……。あの、最近の人間は本当にあんな風に怖がらないんですか? 最初の時点でけっこうプライドが傷付いたんですけど……」

「今は色々な事がありすぎる多様性の時代ですからね。それと、平穏な生活にフラストレーションを溜めているようではこちらでの生活は難しいですよ」


 もともと破壊の悪魔なんだから、そう言いかけてアビゴラは言葉を飲み込む。

 思うようにはいかない婚活にただ溜め息だけが出るのだった。


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