8 当主就任儀式
本日、やっと珊瑚ちゃんの就任儀式を行う事になり、朝から家中がばたばたしている。
準備も整って、珊瑚ちゃんが正式にこの家の当主になる為の儀式が執り行われる事になった時に、今回は俺も参加して欲しいと珊瑚ちゃんに頼まれてしまった。仕方がないので身の置き場のない感じで部屋の隅の方に座っている。
正面の上座に珊瑚ちゃんが座って、その脇の一段下がった所に誠一郎さんが、さらに下の床に仮の儀式の時に見かけた大人達が座っている。厳かな雰囲気のある儀式もそろそろ終わりそうだ。
儀式の終わりに口上を述べている珊瑚ちゃんをぼんやり眺めていると、さっと急に部屋の空気が変わったので何かと思って見回すと、部屋の空間の上の方に黒いもやもやとしたものが湧いてきて見た事もないような醜悪な鬼のようなものが現れた。
長い爪を珊瑚ちゃんに向かって振り下ろしてきたので、俺は危ないと思った瞬間に目をつぶってしまった。
カチンっと何か金属が当たる音がしたので、恐る恐る目を開けてみると、志岐が魔物の前に飛び出して居て、刀で魔物の爪の攻撃を防いで振り払うと次の一撃で魔物を斬りつけた。
ざっくりと体を切り裂かれた魔物が断末魔を叫びながら消えると思った瞬間に志岐の胸を長い爪で刺し貫いて黒いもやの中に消えていった。
「志岐!」
慌てて駆け寄って見ると、痛みは無いのかいつも同じ表情のままで、いつもと違って名前を呼ばれて志岐が俺の顔を見たような気がした。
「志岐! 志岐!」
名前を連呼して志岐を見つめる俺を珊瑚ちゃんが不思議そうに見てきて、
「何故そんな顔をしているの?それは元から『そういうもの』なのに」と言うと部屋を出て行ってしまった。
儀式に参加していた大勢の大人たちも珊瑚ちゃんに続いて部屋から出て行ってしまう。
まだ部屋に居る誠一郎さんを見ると志岐に向かって何か呪文のようなものを唱えている。すると志岐の身体が光って小さな石に変わってしまう。
誠一郎さんが懐から小さな袋を取り出してその中に石を入れて俺に渡してくる。
「これは……」
「この石から式を召喚して使役しているのです。玲司さん、一緒に離れに戻りましょう」
誠一郎さんと一緒に、母屋の儀式をしていた場所から離れに戻って来た。
俺が志岐の石を握りしめていると誠一郎さんが同じような小さな袋を取り出して俺に渡す。
「これは?」
「開けてみてください」
中に入っていたのは先ほどの志岐の石と少し色違いの石だった。
「それは前当主の……私の父の式です。私の当主就任の儀式で狙われた私をかばって爪に貫かれて消えました」
就任式の時に毎回あの家の結界が一瞬だけ消えてしまう。その時に現れる魔物から主人をかばうためだけに存在しているのが式なのだと誠一郎さんが言う。
「この式も大変美しく志岐とよく似た顔でした。違っていたのは話も出来たし、表情もよく変わり、私はこの式と良く話しをしていました。しかし、就任式の終わりの時に一瞬で消えてしまいました」
「誠一郎さんはこうなる事を知っていたんだね」
「申し訳ありません。玲司さんにこの事をどう伝えて良いのかわからなくて」
珊瑚ちゃんにも式は付いていて、あのきれいな女の人だそうだ。
「あの式は玲司さんの力から作られています。
……玲司さんがここに来る事になってしまったのは、その儀式のせいです」
「珊瑚ちゃんの式は志岐と似ていないんだね」
「志岐は玲王さまの力から作られているので」
前に志岐は俺の力で使役していると言ってたのに。
この家は嘘とか隠し事が多過ぎる。
誠一郎さんは俺の顔をじっと見つめてきて
「珊瑚についている式は玲司さんに良く似ていますね。とても美しい」
似ているとか、そう言われても良く変わらない。
「この家のしきたりに俺が何かを言う事が出来ないのはわかっている」
この世界に突然呼び出されて何年も家に閉じ込められていたのだ。俺が諦めたように言うと、誠一郎さんが苦しそうな顔で続ける。
「まだ恐ろしい儀式の続きがあります」