2 召喚されたけど暇です
(ああ……まただ)
玲司は子供の頃から急にめまいがしてふらつく事が多く、病院で何度も検査をしても原因がわからないままに、あまりひどくないようならと薬も飲まないでそのまま暮らしていた。けれど、十五歳を過ぎた頃からめまい、吐き気のあとに気を失うようになり、意識がない状態になる事が多くなって、二十歳になる今になってはほとんど寝たきりの状態になってしまっている。
今日も病院のベッドで寝ていたらめまいがして吐き気もしてきた。いつもと違ってめまいがひどく、個室なので周りの人に助けを求める事ができなくて、ナースコールも出来ないままに気持ち悪さに呻いていると、突然部屋が真っ白に光って、すぐに真っ暗な中に放り出された。
ーーー気がつくと暗闇の中で人の気配がする。
一人二人では無い。あの後、病室に誰か来てくれて、今は治療中で医師たちに囲まれているのかな? まさか……手遅れでもう死んでしまったとか? と病院のベッドで寝ていたはずの状況を思い浮かべていたら、暗闇の中から声がしてきた。
「玲司さま、ようこそお越しくださいました」
ーーー名前を呼ばれた。主治医の先生かな?
「この家の当主で加賀美誠一郎と申します」
ーーー知らない人だった。
少し目が慣れてきて見えて来た光景は、昔風の日本屋敷という感じの畳の部屋で、着物姿の人が十人くらい居る。その中で一番若い男が俺の前に正座をしてこちらをまっすぐ見つめてくる。
「状況を説明させていただきます」
俺の(???何これ???)と戸惑っている状況を無視して勝手に語り出した男が言うには、俺はこの家に代々『力』を貸してくれている《この世界の神様》の子孫で、その力が弱まってしまっているので子孫の俺の『力』のみをこちらの世界から召喚して使っていたと。
「玲司さまの力のみを召喚でこちらの世界に招き入れ、この辺り一帯の結界を張らせてもらっていました。先代の当主が存命の頃は玲司さまの力を少しだけお借りしていたのですが……現当主の私に引き継いだ途端に結界が弱まり、頻繁に魔物に襲われるようになってしまいました」
当主は顔を少し伏せて苦しそうな顔で続けた。
「この地が魔物に支配されてしまいそうになり、玲司さまのお力を最大限にお借りする形になってしまいました。そのせいで玲司さまの生命力を奪うことになってしまったことは申し訳ないと思っています」
魔物に支配されているって……いまこの人、俺の生命力を奪ったって言った?
「え? 俺って死んじゃったの?」
当主はハッとした表情でこちらを見てくる。
「玲司さま、いまの体調は如何ですか?」
ああ、そういえば随分と楽だな……こんな風に座っていても平気でいられるなんて随分と久しぶりだな。
もしかして死んだから楽になったのかな?
「ここって死後の世界?」
「どうでしょう? 玲司さまの生活していた世界からからすれば、異なる世界という事になると思います。玲司さまの命を守る為、身体ごと召喚することになってしまいました」
異世界転生かあ。まあ、夢だよねえ。
「それで俺はどうすれば良いの? 家に帰れる?」
「いいえ、玲司さまの力は現在も使わせて頂いていますので、元の世界に戻るとまた命にかかわる事になります」
どういうことなのだろう。全然理解できない。
「帰れないの? 俺はここで何かしないとダメなの?」
「いえ、居てくださるだけで良いのです」
「何もしないの? いるだけ?」
「玲司さまがこの地に存在する事で結界が強固になりますので」
「何もしなくて良いのか………」
「この地に留まって下さいますよう……そこだけは承知願いたい」
「……」
なんというか……現実味の無い話で、いつも見ている夢の延長という感じなので受け入れているというよりはこれって夢かな? くらいの気持ちでいる。
あれから一週間くらい経ったのだけど、本当に何もしなくて良いらしくて最初の日に、こちらの部屋を使ってくださいと通された離れの広い部屋で何不自由無い生活をしているが、トイレと風呂だけは昔の田舎風で、屋根と仕切りはあるけれどほぼ外だし、母屋の方まで行かなければならないので面倒だ。
しかし、ここから離れると死ぬと言われてしまっては帰りたいと騒ぐ訳にもいかず、当主に詳しい話を聞こうとしても、忙しいとかで時間を取ってもらえなくて、どうしようも無いままに今も母屋に続く渡り廊下で庭を見ながらぼーっとしている。
自分なりに考えて見た結論は、ここは異世界転生というよりは過去にタイムスリップした感じかな? 日本語だし、時代劇で出てくるような家だし、和装だし、当主の名前もそれっぽいし、魔物もまだ見た事無いし。
当主が駄目なら他の人に事情を聞こうとして、人を見かけるたびに話しかけているけれど、皆んなすぐに目を伏せて立ち去ってしまうので最初に説明された中途半端な情報だけで生活している。行動に制限がないので自由にして良いらしいが、異世界らしいし、この場所も良くわからないし、誰も相手をしてくれないのでどうしたら良いのかもわからない。
この家は広くて俺の居る離れには誰も来ないので基本一人なので、夢なら早く覚めて欲しいと、綺麗に手入れされた庭をぼんやりと眺めながら考えて居たら催したのでちょっと遠くて面倒だけど母屋の方にあるトイレまで行く。
トイレの帰りでいつもと違う所を曲がってしまったようで、完全に迷ってしまった。まあ……やることもないしと探検でもする気分で歩いていると人の気配がしたので、そのまま気配の方に歩いて行くと廊下に庭の方を見ながら佇んでいる人がいる。
黒髪の短髪で細身の中性的な容姿と体型で男か女かわからないけれど、とてもきれいな人が居た。他の家の人たちのように話しかけたら逃げられてしまうかなと思いながらも話しかけてみた。
「ちょっと良いですか?」
「……」
「俺、迷って部屋に戻れないのですが」
「……」
全く返事をしてくれないし、こちらを見ようともしない……この家の人には避けられることはあっても、完全無視は初めてなのでちょっと悲しい。まあ、ここを立ち去ら無いのならもうちょっと頑張ってみるかと、話しかけようとすると……
「それに話しかけても無駄ですよ」
と、庭の奥の方からこの屋敷の当主がやってきた。
「どういう事ですか?」
「それの名前は志岐と言って、我が屋敷で使役している『式』なのですが、感情の起伏というものがなく、こちらの問いに応対する事もないのです」
シキって人ではないのかな? さっき人の気配してたのに。
「当主の力が強い場合は話もするのですが、私の力が弱いのでこちらの言葉に反応もしないのです」
現当主は自虐的なやつなのか? 自分の力が先代達よりも劣っている事を何度も平気で話して来る。
「ただ、この式を使役している力は、玲司さまの力を利用しています。あなたの力がもっと強くなれば式の力も強くなって話も出来るようになるかもしれません」
せっかく会えたのだからと、当主に色々聞きたい事があると話しかけたけれど
「今は時間が取れませんが後日、玲司さまとの時間を設けるように致します。用があるのでこれで失礼いたします」
当主はそう言って俺に一礼をすると奥の部屋の方に移動してしまった。そしてシキもその後をついて行く。感情がなくても、当主には従順なのだなと見送った。そういえば部屋への道を聞けなかった。
あの現当主、自分は力が弱いとか相変わらず自虐的な事を言っているなと聞いていたのに、シキが人形のようなのは、お前の力が弱いからだって遠まわしに言ってた?
まあ、今はものすごく暇だし、俺の力が強くなればあのきれいなシキがもしかしたら話し相手になってくれるかもしれない。というゆるい考えのもと『力』を強くする訓練をしてみようと考えた。まあ、今日は余りやる気も起きないし、訓練は明日からにしよう。