11 契約の儀式
今日は珊瑚ちゃんに言われていた契約の儀式の日だったので、俺も何か準備する事とかあるのかなと思っていたのに、朝早くに離れの部屋にやってきた女の人はセイナですと挨拶してすぐ、俺に「これに着替えて下さい」と白い着物を渡してきた以外は儀式の為に何か特別にする事とかは無いと言っている。
手伝ってもらって着替え終わると、セイナさんに屋敷の地下へと連れられてきた。
思ってたよりも深く地下にあった初めて入る部屋は、結構広い空間で、まわりは削られてむき出しのままの岩でごつごつした壁になっている。部屋の真ん中にうっすらと光っている場所があって、セイナさんがあれが玲王さまです。と指し示した方向には俺の身長の倍くらいありそうな大きな透明な石がある。水晶だろうか? ここから見た限りでは石の中には何も見えない。
「あの大きな石が玲王さまなの?」
「いいえ、あれは封印石です。もう少し近くへ」
すぐ側まで寄って中を覗き込んで見ると透明な石の中に手のひらサイズの小さな塊が見える。白い丸い石でつるつるとした表面の、人の姿には見えないけど確かに玲王さまの力を感じる。
こんな小さな石だと思わなかった。夢で見たあの人……志岐に似ている姿の人がいるのかと思っていた。
そのままじっと玲王さまの石を見ていると大勢の足音がしてきたので振り返ると、珊瑚ちゃん、誠一郎さんと他に十人くらいの大人が入口の所に立っている。
珊瑚ちゃんが「玲司さま、今日はよろしくお願いします」と言って、誠一郎さんと二人でこちらに向かって来る。
「それでは、儀式を執り行います」
セイナさんが言うと他の人も、それぞれ皆んなが自分の立ち位置に付いて、珊瑚ちゃんと誠一郎さんが俺から少し離れたところで並んで立った。儀式の進行自体には俺は何もする事がないので、ただ眺めているだけだった。
「では、玲司さま番になる相手を選んでください」
儀式の最後にセイナさんが言っている事からすると、珊瑚ちゃんに事前に説明を聞いていた通りの儀式の内容で進んでいる。誠一郎さんに聞いていた人身御供とか生贄の話とは違うのだなと思った。
でも、もう俺はあの人達の話しには惑わされない。呼ぶ名前はもう既に心に決めていたので迷いなくその名を口にした。
加賀美誠一郎の名前を。
珊瑚ちゃんは驚いて「なんで!!!」と俺に叫んでいる。
足元が光りだして辺り一面光に包まれた時、誠一郎さんは俺の手を取って大丈夫だからと言って引き寄せて抱きしめてくれながら「ごめんね」と囁いてくる。俺も誠一郎さんに抱きつきながら「大丈夫だよ俺は全部知っているから」と呟いた。
そう、俺は知っていた。
珊瑚ちゃんの当主就任儀式の後に誠一郎さんに人身御供の生贄の話を聞いてしまった俺はその後に夢の中で会えた玲王さまに本当の話を全て教えて貰った。
玲王さまは俺と同じ世界からここに召喚されて来て、魔物を払う為にここの世界の人達に力を貸していたが、玲王さまが歳を取って寿命も残り少ないと気がついたこの家の人達に騙されてその時の当主と共に、あの石に封印されてしまったらしい。
もう何百年もここに封印されていて、この家の事もこの世の中の事も全て見ること、知ることが出来たけれど魂も消えかけしまって力が弱くなってしまっていたので、俺に本当のことを伝えることが出来なかったそうだ。
玲王さまの魂が消えかけたことに焦ったここの家の人たちに玲王さまの代わりにと連れてこられたのが俺だ。珊瑚ちゃんを人身御供にして俺と番わせて封印するつもりで呼び寄せた。俺はもう逃げることも、さからう事も出来ない。どこに居ても儀式が終われば石に封印されるらしい。
「もう、俺はこのまま死ぬしかないの?」
「死ぬわけではない。石の中では意識はある」
「そんなの死んでいるのと同じだろう」
何百年も石の中で生きていても動けないのに何が出来ると言うのだろうか。俺は石に封印されてしまう為に呼び寄せられて、おとなしく何年もここでぼんやりと、その日が来るのを待っていたのだ。
ここの家で目を合わせてこなかった人たちはきっと心優しい人なのだろう。俺に関わって嘘をついて平気で話しかけて来たあの人たちはとても残酷だ。
玲王さまが最後に、儀式としてだけではなく、俺が自分の意思で番の相手を選ぶ事が出来ると教えてくれた。元当主か現当主のどちらかを選べて、どちらも選ばなければ現当主が自動で選ばれる。
「道連れにしたい奴を選ぶのでもよいが、この先何百年も一緒に過ごす相手なのだから慎重に選ぶと良い」
そう言ってくれた玲王さまの言葉を聞いて俺が決めたのは、召喚されてきたその日から俺にずっと嘘を付き続けて最後まで本当の事を教えてくれなかった人を道連れに選んだ。
光に包まれて封印されてしまう直前、最後に抱き寄せられた時に誠一郎さんから流れてきた癒してくれるような優しい力と「ごめんね」と囁かれた言葉に、もう俺には仕返しみたいな気持ちもなくなって、俺も誠一郎さんに抱きつきながら「大丈夫だよ俺は全部知っているから」と呟いたのだ。
(完)