1 プロローグ
これは本編より何百年も前の話。
俺はうっそうと生える木々の間の山道をひたすら歩いている。ちょうど昼時で、陽が真上から陰のない道を容赦なく照りつけていて暑さが尋常でない。
朝からお師匠様に頼まれてお使いに出ているのだが、暗くなる前に職人の所へ行かなくてはと焦っているけれど、この暑さではお使い先の家にたどり着く前に倒れてしまいそう。
お師匠様は占いを商売にしていて、この辺の権力者はみんな助言をしてもらって商売や統制を行なっている。その占いに使っている道具を修理に出す所なのだが、職人のいる場所が山奥の辺鄙な所にあるので遠すぎる。
「しかし、この暑さなんとかならないかなあ」
汗が目に入りそうになったので、手の甲でぬぐいながら少し休もうかと木陰に入ろうとした所でめまいがして「まずい」と思った途端に視界が暗転した……。
ーーー意識がぼんやりと戻って来たが、まだ目の前は暗いままで何も見えない。
また目を閉じて考えてみる。
確かあの山道でめまいがして倒れそうになったけど……あのまま気を失ってしまったのか。
何か気配を感じて目を開けてみると横になってうずくまっている周りを囲まれているのが見えた。俺が横になっているところからは少し距離はあるけれど、良くない状況ではあるだろう。
このままここに横になって居るわけにもいかないしな……と勇気を出して勢いをつけて起き上がると、俺を取り囲んで居た人達が驚いて慌てて移動して一箇所に集まって固まってしまった。
取り敢えずその人たちのことは無視して自分の状況を確認して見ると、ほとんど何もない広い場所で地面に書かれているのはただの円のみ。その中心に俺がいる……少し離れた所に祭壇みたいなのがあるのが見えるので何かの儀式だろうか?
これはどうしたら良いのだろうか……と悩んで居ると、急に背筋が寒くなるような恐ろしい、妖しい気配が漂って来て黒い雲が空を覆い尽くす。
「何だ?」
さらに濃い雲と気配の中心から突然黒いもやが現れて中からとても大きな角がある鬼みたいのが出てきてこちらに顔を向けた。
「え? ちょっと!? え?」
俺は慌てて懐から石を取り出し式神を二体呼び出して応戦した。
もやもやから出て来た鬼が俺に向かって来て、長い爪の腕を振り下ろしてくるのを一体の式が刀で受け止めて、もう一体は俺の前で刀を構えて守ってくれている。
「式、行け!」
式が俺の声で刀で受け止めていた鬼の腕を振り払い、胴体を一太刀で切り倒すと鬼の様な生き物はその一太刀で断末魔の叫びと共に、最後の足掻きに腕を伸ばして長い爪で式神を刺し貫いて消えていってしまった。
俺は倒れちゃった式神を元の石の形に戻して考える。
ーーーあれは何なのだろうか?
鬼なら俺の元々住んで居た所にも居た。依頼があれば師匠のお供で付いて行って俺が式神を使って退治してたのだけど、ここの辺りにも出るのか……もしかして、あれを退治しようとしてここで何かの儀式をしていたのだろうか?
ここにはすごくやばい空気が充満している感じだし、俺は早く家に帰りたいし、もう何とかここから逃げ出したい。
まだ空は黒い雲に覆われて居る。またさっきの様な鬼みたいなの出てきたら怖いので、さっきの円の中心の地面に簡単な術式を書いて結界を張ると、この辺りの空の黒い雲がさっと晴れて一面青空になった。
さっき俺を囲んで居た人たちが驚いてざわついているけど、実は俺も凄く驚いている。
ーーー何だこれは?
結界って自分の周りにちょっとだけ張るつもりだったのに、辺り一面に結界が張られている……いつのまにか俺にこんな凄い力が? お師匠様と同じくらい強いかも……と少しだけ自惚れて見たけれど、自分の能力はわかっている。
この付近に何かあるかのなと、ちょっと意識を集中してみると足元から大きな力を感じる……この下に何かあるのは間違い無いと思う。
ここからなら自分で召喚術を行なって元の場所にもどれるかもしれない……しかし、ここはどこなんだろうか? 何か危なそうな所に来てしまったようなので、早く元の所に帰らなければと焦る。
召喚自体はやった事はあるし、自分も師匠に呼び出されて移動した事はあるけれど、今までは知って居る場所から知って居る場所への移動なのでここがどこかわからないので戻れるか微妙である。
考え込んでいると向こうの固まっている集団の一番前に居た男がこちらに近づいて話しかけて来たが、言っている事がわからない……言葉がまったく聞いたことのない地方の方言のようだ。
仕方がないので少し能力を使うことにした。普段は鳥や猪や鹿などに使って意思の疎通を図るのだけど、人間相手には使った事がない。でも、多分同じでいけるだろう。
出来るだけ友好的な感じで手を差し出すと向こうも恐る恐る手を出して来る。
怖がらせないように慎重にゆっくりと手を握って相手の能力を測ると、俺が思ってたよりも力があって、こちらからあまり多く力を渡さなくて良いようなのでそのまま手を握って力の譲渡をする。
譲渡の時のふわっと相手とこちらの力が混ざる不思議な感覚はいつやってもちょっとだけ恥ずかしい。向こうも戸惑って俺の顔を見つめてくるが目をそらして譲渡を続けて、ある程度力を渡してから話しかける。
「俺の言葉わかる?」
「はい」
「それじゃあ、ここどこ? この下って何があるのか知っている?」
「……」
男は俺の手を離して後ろに固まっている人たちに話しかけている。
さっき力の譲渡をした時に相手の能力も少しもらったので手を握って居なくても相手の話はわかるのだけど、相談している声が小さくて聞き取れない。
男たちの話がついたようで、また俺の手を握って来て話しかけて来た。
「この下に何かあるのはわかっていましたが、何があるかまではわかりません」
「そうなんだ」
何か隠しているのだろうか? 話している事はわかるけれど、心の中は覗けないので本当のことかどうか判断つかないので言っている事を信じるしかない。
そういえばお師匠様から預かっていた占いの道具はどこにいったのだろうか?
「自分で調べてみるよ」
そう言って式を連れて占いの道具を探しに行こうとすると、先ほどの男に呼び止められて手を握られた。
「あの、私たちと一緒に来てもらいたいのですが?」
「ええと……俺はちょっと用事を頼まれて居て急いでいるんだけど」
「少しお聞きしたい事があるので」
さりげなくこの得体のしれない人たちから遠ざかろうとしたのだけど失敗したようだ。
まあ、ここがどこなのかも確認したいし、お師匠様の道具のことも気になるし、式神もいるから危ない事にはならないだろうとついて行く事にした。
ーーーそれが失敗だったと気がついた時はもう遅く、この後自分の血筋の者たちが何百年と苦しめられる事になるなんて思いもしなかった。