7.魔の森を脱出せよ
風の魔法で透明化と暖房を、魔力感知で周囲の索敵をしながら、のんびりと森の外に向けて移動を続けている。
もうすぐ春になるとは言え、雪解けにはまだ早く、しかし冬眠明けの動物やエネミーがちらほらと見つかる程度には、索敵に感が在り、経験値の足しにと、なるべく狩りながらの移動なので、かなりのんびりとした移動になっている。
既知のコブリン集落は避けており、遭遇するのはホーンラビットや、腹を空かせたワイルドウルフばかりで、たまにキリングベア。
正直、経験値的には微々たるもので、狩ってる時間ロスの方が勿体ないんじゃないかと思わなくもない。
ダンジョンと違って、いちいち剥ぎ取りしなければならないのも、面倒に拍車をかけている。
フェアリーの小さな体では、ホーンラビットならともかく、ワイルドウルフやキリングベアの剥ぎ取りは非常に大変なので、その日の食事に使う分の肉を切り取ったら、魔石がある場合だけ頑張って取り出し、そうでなければ放置する事に決めるには、あまり時間は掛からなかった。
そして、チュートリアルダンジョンを発ってから二日目の夜のことである。
幾ら透明化していると言っても、臭いでこちらを発見できるワイルドウルフが徘徊する地上で寝るのは危険なので、適当に居心地の良さそうな樹上の隙間を見つけると、草木を適当に集めて寝床にしているのだが、寝床で就寝しようと横になった所で、魔力感知に、少し大きめの反応があった。
気になったので、姿を消したまま近づいてみると、防寒装備に身を包んだゴブリンシーフが、夜を徹して森の外に向けて移動して居るのを見つけるのであった。
森の浅層で、ゴブリンの上位種が単独で歩いているのも不自然なら、その装備の立派さも、この辺りのゴブリン集落ではありえない物だった。
「…さて、狩っても良いけど、どうしようか」
私は、不意を打てば確実に勝てる事を確信しつつ、しかし、この辺りのエネミーにしては珍しい装いに、興味が引かれ、対応に悩んだ。
そして、よくよく観察してみると、そのゴブリンシーフの装備には、なんとなく見覚えがあった。
「ああ、ボスの間で死んでいたゴブリンシーフに、似てるんだ」
このゴブリンシーフが、ダンジョン討伐を命じた何者かが放った、後続部隊だと考えると、ダンジョンではなくこんな森の外れに向けて移動するのは、変な話である。
「少し、情報を集めてみるか」
姿を消し、そして風向きに気を付けながらゴブリンシーフの背後に回り、少し間を開けて追跡を開始する。
それから数時間も経っただろうか。
夜も深く月も高く上る頃になって、ようやくゴブリンシーフは歩みを止めて、野営の準備を始める。
ゴブリンシーフは、見覚えのある収納袋(小)を取り出すと、二人用と思われるサイズのテントを手早く組み立て、警戒用のワイヤートラップと、獣除けの臭い煙を炊くと、寝袋に潜り込んで、程なく寝息を立て始める。
「…流石に、独り言で情報を漏らすような事はしないか…」
ホブゴブリンの頃だったなら、とっ捕まえて尋問という手段も取れたが、フェアリーの体では無理。
というか、舐められてまともな尋問にすらならないだろう。
「朝、テントから出てきたところをバッサリ、が良いかな」
風の攻撃魔法は、鋭いカマイタチであり、テント越しにゴブリン上位種を殺せるほどには強くない。
不意打ちで首を落とすなら、テントから出てきた直後を狙うべきだろう。
そう決めると、私は近くの木の上に改めて寝床を作り直し、就寝するのであった。
そして、翌朝。
ゴブリンシーフが起き出すより早くに目を覚まし、慎重に攻撃魔法の準備をして、機会を待つ。
寝ぼけ眼のゴブリンシーフが、テントの隙間から頭を出し、周囲を確認しようと首を動かした刹那、私の風の攻撃魔法は、狙い誤たずにゴブリンシーフの首に直撃し、一撃でその命を刈り取った。
ドサリ、と倒れたゴブリンの死体から流れ出す黒っぽい血液が雪を汚すさまを確認すると、収納袋(小)を奪って中身を全部出してみた。
水の入った樽が二つに、保存食がそこそこ、予備の武器と思われる短刀に、財布に入った銀貨三枚と銅貨が一四枚、周辺の略地図と思われる書きつけに、盗賊の七つ道具、信号用と思われる発煙剤が幾つかとまあ、色々出てきたが、私の役に立ちそうなものは発煙剤と財布の中身ぐらいだった。
最初の転生先がゴブリンだったので、ゴブリン語の会話が出来るのだけれど、読み書きは出来ないから、略地図に書き込まれた、記号のような、文字の様な何かを理解する事は出来ない。
「うーーーーーーーん、何となく、嫌な予感がする」
明らかに、このゴブリンシーフは、全財産を持ち歩く冒険者の様な装備構成でなく、きちんと拠点を持ち、そこに自分の財産を置いて、必要な装備だけを持って歩き回っているように思える。
略地図とはいえ、紙に文字や記録を残すだけの知恵があり、文字をきちんと読める、と言う事は、相当な大集落に属するゴブリンなのだろう。
そんな相手が、大魔石の回収任務に、部隊を割いていて、その一部がダンジョンではなく、こんな場所に居る。
なんとなく、自分に無関係だ、とは思えないのだ。
そして、魔の森浅層に居るような雑魚なら、魔力感知とか使えるエネミーはほとんど居ないので、こちらが一方的に奇襲し放題であるが、もし相手に魔力感知持ちがいるならば、常時飛行の為に魔力を撒き散らしているフェアリーは、簡単に感知できるザコだ。
奇襲の有利があるから、ゴブリンやゴブリンシーフ相手でも、勝てているが、ゴブリンシャーマンとかゴブリンプリーストとか、魔力感知できる相手なら、勝ち目が無いのでさっさと逃げるしかない。
このゴブリンシーフが、斥候の一人であり、先行偵察しているのなら、魔力感知が出来るゴブリンシャーマンやかゴブリンプリーストは、後詰で後から来るはずだから、一刻も早く森を抜ける事が、一番安全だろう。
私は、エネミー狩りを全て諦め、そして魔力反応が大きくなるが、風の魔法を併用し、自身が出せる最高速度で森を突っ切る事を決断した。
寄り道せず、そして休息を最低限にして、空を飛んで最短距離を突っ走れば、森の外まで2日も掛からず出られるだろう。
後方から来るだろう、得体のしれない脅威とぶつかる位なら、多少の疲労と引き換えは安いものだ。
私は、風の魔法で姿を消すのを止めて、自分の前に風をドリル状に渦巻かせた。
こうする事で、大気の抵抗を軽減させ、かつ渦状の空気の流れで自信を引っ張らせる事で、通常の飛行に比べて倍以上の速度を出せる。
更に、弾道飛行をする事で、重力すら加速に利用できて、更に効率よく早く、遠くに飛行できるようになる。
ここまでやれば、2日と言わず、1日で森の外まで出られるかもしれない。
唯一の懸念は、高く飛ぶことで、飛行できる魔物に見つかってしまう可能性があるのだが、この辺りは魔の森浅層である。
居てもアサルトイーグルとか、猛禽に毛が生えた程度の魔物しか居ないだろう。
あとは、猟師に野鳥と間違えて射られてしまうリスクだが、これも甘受するしかない。
即死しなければ、回復薬で何とかなるだろう。
私は、風の魔法で竜巻状のカタパルトを形成すると、砲弾のように上空へと飛び上がった。
この時、私は自分の発想に浮かれており、竜巻カタパルトの加速が強すぎて、意識を一時的に失ってしまうなんて、完全に予想外の事態だった…。
一方その頃。
ジャオは、普通のレッドキャップなら6日はかかるだろう距離を、僅か2日半で走破し、魔の森に最も近い村近くまで到着していた。
貴重な高レベルの魔力感知スクロールを使って、村の中に大魔石が持ち込まれて居ない事を確認していた。
「ふむ…どうやら追い抜いてしまったようだな」
背後の森を、振り返って見るが、狼煙は上がっていない。
「仕方ない、キツネ狩りと洒落込むか」
ジャオはそう呟くと、森の方へと踵を返し、今度は索敵を重視する為に3倍の速度は出さず、村と小規模ダンジョンまでの道なき道を進み始めた。
すると、魔の森浅層には不釣り合いな、強い魔力を上空、やや遠くに感知された。
見上げると、一匹のフェアリーが物凄い勢いで飛んでくるのが見える。
ハグレのホブゴブリンの塒で、フェアリーの鱗粉を見つけた事を思い出したジャオは、無関係とは思えず、捕獲を決める。
「空中殺法を極めれば、こういう事も、できる」
小石を幾つか拾い上げて、フェアリーの飛行経路から大体予測される未来位置に向けて、投げる。
その直後、ジャオは鋭く地面を蹴り、更に空中を二回蹴って、小石の先へと踊り出ると、小石を蹴った。
これにより、再び空中を二回蹴る事が出来るようになったジャオは、更に先を飛ぶ小石に向けて空を蹴り、小石を蹴る。
小石を蹴る瞬間に、再び小石を前に投げる事で足場を確保し、空中歩行を可能にする。
ジャオの高レベルな体術と、特殊スキルである三段跳びの組み合わせが生み出した妙技であった。
ジャオは、空中でフェアリーをキャッチすると、着地の準備を開始する。
すると、それまで静かだったフェアリーは、急にじたばたと暴れはじめた。
「騒ぐと殺すぞ」
キュッとフェアリー抱えた腕に力を込めると、フェアリーは観念したように動かなくなった。
このまま落ちれば墜落死を免れないが、今度は下に石を投げて、それを蹴る事で空中ジャンプが可能になると、今度は落下スピードを調整する。
呆れるほどの力技ではあるが、モンスターレベルを超越した連中と言うのは、大体非常識な隠し技の一つや二つをも持っている物なのだ。
無事、地面に降り立ったジャオは、腕の中でぐったりと脱力するフェアリーを見て、どのように尋問すべきか、収納袋の中の嘘発見スクロールを使うかどうか、思案のするのであった。
失敗した!失敗した!失敗した!
私は、風の魔法で作った竜巻カタパルトで加速し、弾道飛行をしたところまでは良かったが、カタパルトの加速に、脆弱なフェアリーの肉体は耐えられず、あっさりと意識を失ってしまったのだ。
意識を取り戻したのは、何者かが空中で私を捕まえた衝撃のお蔭であり、アサルトイーグルとか何か敵対的なエネミーに捕まったと思った私が、暴れると、私を捕まえた何者かは、ゴブリン語で「暴れると殺す」と脅してきた。
その言葉に込められた殺気は間違いなく本物で、しかも私の胴体を抱え込んでいた左腕に力を込め、私を絞め殺そうという素振りまで見せたのだから、私は暴れるのを止める以外の選択肢は無かった。
改めて、周囲を見ると、非常識な事に、私はまだ空の上に居た。
そして、私を捕まえているのは、妙に大柄なレッドキャップと思われるエネミー。
レッドキャップは、当然だけど、空は飛べない。
どうやって私を捕まえたのか、なんでこのレッドキャップはボロいナイトヘルムを被っているのか、これからどうやって降りるつもりなのか、怒涛の様な疑問が脳裏を駆け巡るが、続くレッドキャップの行動を見て、私は呆れる以外の選択肢は持たなかった。
なんと、このレッドキャップは下に放った小石を軽く蹴ると、次に何もない空中を蹴って、落下速度を殺し始めたのだ。
何たる非常識!
レッドキャップは、モンスターレベル四、ホブゴブリンから垂直進化できる攻撃力に特化した邪神陣営の妖精種だが、このレッドキャップは明らかに体格が良く、変異種だと判る。
更に、この意味不明なスキルに加え、そのスキルを明らかに使い熟している様子を見れば、名持ちの可能性すらある。
万が一にも、モンスターレベル二のフェアリーが勝てる可能性は無い。
ただ、陣営が違う種族同士は、基本的に出会ったら殺し合いが普通で、今回は明らかに「捕獲」を前提に行動しているように思った。
少なくとも、すぐには殺されないと思うのだが、相手の気が変わるだけで、死を免れない。
レッドキャップは、そうして危なげなく地面に降り立つと、私を器用に紐で縛り上げる。
それを私は、抵抗せずに受け入れて、レッドキャップの出方を伺った。
「私の質問に、正直に答えろ。貴様の名前は?そして、なぜ、あんな所を飛んでいた?」
おっと、非常に直球かつ基本の質問が来ました。
…そういえば、私は名前を決めていない事を思い出した。
少しだけ考えて、ゲーム中のPNを名乗る事にした。
「…レイ、です。この森を抜ける為に飛んでました」
名乗る前の微妙な間に、一瞬だけ興味を示したレッドキャップだが、それを問い詰める気は無いようだった。
「レイ、君は、ホブゴブリンと一緒に居たりしなかったかね?」
質問の意図が良く判らないが、私はホブゴブリンであった事はあるが、一緒に暮らしていた事は無い。
「いいえ、ないです」
レッドキャップは、少しだけ失望した様子だった。
「では、最近、ホブゴブリンを見なかったか?」
私は、冬に入って自分以外のホブゴブリンには出会っていない。
自分を「見た」とは言わないだろう。
「いいえ、見てないです」
更に失望の雰囲気が強くなったレッドキャップは、舌打ちを一つすると、こちらを改めて見た。
「そういえば、貴様、なんでこんなところに居る?、貴様らフェアリーの生息域は、森の外だろう」
リトルフェアリーは花から生まれるのはフレーバーテキストの通りだが、魔の森のような場所では、フェアリーではなくエビルフェアリーが生まれる。
「ええと、私はこの森で生まれました。でも、私はこの森では生きていくのが難しいので、外に向けて飛んでいたんです」
私は、この森でゴブリンとして生を受けているし、垂直進化で陣営変更したから、この森で生きていくのが難しいのも、それが理由で森から逃げ出そうとしていた事も、全て事実だ。
すると、レッドキャップは、私の事を、世にも珍しい魔の森生まれのフェアリーだと思ったのか、少しだけ同情の視線を向けると、私を縛っていた紐を解いた。
「捕まえて悪かった。さっさとこの森から去ると良い。次にこの森で誰かに捕まれば、命は無いだろう」
そう言うと、私に背を向けて、森の奥へと去って行った。
どうやら、何やら訳ありのレッドキャップだったようだが、見逃してくれたのは非常に助かった。
私は、一刻も早くこの森から脱出すべく、がむしゃらに森の外へと移動を続け、数時間後に魔の森の外に出ると、適当な木の洞を見つけてもぐりこみ、泥のように眠りこけるのであった。
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余談のアイテム説明コーナー
高レベルの魔力感知スクロール…ゴブリンソーサラーに限らず、魔術師スキルを持つ者は、自身の習得している呪文をスクロール化する事が出来る。
スクロールは、最初から魔力が込められており、決められたコマンドワードさえ知って居れば、魔術師以外も使用可能と言う事で、需要が高い一方で、制作に時間も費用も掛かる為、買うにはお高い品物である。
魔力感知はレベル一の魔術で、使用者に三〇分間、周囲六〇メートル程の範囲にある魔力を感知する能力を付与してくれるのたけれど、魔力を余分に消費する事で、レベルを一上げる毎に、効果時間と感知距離が一〇倍になる。
ジャオが使ったレベル三の魔力感知スクロールは、探知距離六〇〇〇メートル、効果時間五〇時間という軍用のお高いスクロールで、製作費は金貨で数百枚はするから、店で買うと金貨四桁は出す必要がある。
普通の兵士が、これを使って「空振りでした」と報告するのは、かなり勇気が要るだろう。
更に余談だけれど、嘘発見スクロールは、は更にお高い。
嘘発見の魔術自体が、魔術レベル五なので…。
とはいえ、モンスターレベルが五を超えるような連中にとって、基本通貨は金貨から、になるから、べらぼうに高い、という訳でもないです。
むしろ、ダンジョン産の金貨とかは無尽蔵に湧いて来るので、ある程度以上のレベルになると、金貨がインフレしていく仕様になっています。
ただし、余った金貨を回収するのも、やはりダンジョンであり、中規模以上のダンジョンには金貨と交換に稀少なアイテムを販売するショップのような物があり、そこで金貨を使う事で、市場に溢れた金貨はダンジョンの闇に消えるし、市場で金貨の価値が一定以下に暴落しない価値の裏付けにもなっています。
2019/05/21 字下げ処理